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それからしばらく銀二は姿を見せなくなった。桜もなくなった。おおかたご隠居に飽きられたのだろう。織日は清々していたが、くれ葉はみるみる萎んでいった。生気を失った白い肌が、蜉蝣のような儚さを思わせる。
(ほら見たことか。男なんかに夢みるから)
横目で見、そんなことを考える。
くれ葉が銀二に文を出したのも知っている。物憂げに目を伏せ、寂しく溜息をつく。
「いいなぁ。織日さんは」
「なにがだい」
昼九ツ。織日はくれ葉の部屋に呼ばれていた。まだ結われていない髪のまま、襦袢のまま、くれ葉はくたりと横になっていた。
「銀二さんがいて」
「いねえじゃないか」
「身請けしてくれるって話してただろ、きっと今頃銀二さんは織日さんのために身を粉にして金を作ってくれてるのサ」
織日は煙管をくわえて、ふうと煙を吐いた。
「何言ってんだ。ンなわけあるめえ」
──馬鹿馬鹿しい。
音沙汰がないのは、ご隠居に飽きられたか、トンズラこいたかのどちらかだ。それをまさか金を作るためだと思っているなんて。
「アンタ、銀さんに惚れてんのかい」
「やぁだ。織日さんの意地悪」
「へっ。そうかい」
「織日さんは……」
「わっちは男なんか大嫌いだ」
「ふぅん」
男は嫌いだが、男になりたい。男だったら、女でいるより、自由だ。
「織日さん」
襦袢からはだけた白い肌があらわになる。
「銀二さんは織日さんを抱く時、すごく優しく触るよね」
「はあ?」
「この世に存在するのは織日さんだけっていうような目ぇしてさ」
「アンタもこの世に男は銀二だけだなんて思っちゃいめえな?」
「男は余るほどいるよ。でも、銀二さんは銀二さんだけ」
「ハッ、馬鹿馬鹿しい」
「わっち、織日さんがよかったなあ」
もっと近くにいたら、くれ葉をひっぱたいていたところだった。
「アンタにわっちの何がわかるってんだ」
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