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それから春は過ぎ、夏が終わり、菊の季節に再び銀二がやってきた。ご隠居はおらず、銀二は一人で織日を待っていた。
「色男」
座敷に入るなり、織日は拗ねた振りで云った。
「なんのことだ」
と銀二は照れたようにはにかんだ。
「歌舞伎役者も真っ青の色男振りで」
織日はその後も続いて出た一枚の春画を、懐から出して銀二の目の前につき出した。あえて男に組み敷かれているのを選んだのだ。
銀二は歯牙にもかけない様子で紙をつまんで畳に放る。
「ああ。自分でも驚いてるよ。でも、これでお前を迎える目処が立ったんだ」
「はァ!?」
屈託のない銀二に、織日は心底ゾッとした。
「お前さん、本気でわっちを身請けするおつもりかえ!?」
「約束したろう」
キョトンと答える銀二に苛立つ。
「冗談じゃないよ。わっちみたいな女に御内儀さんなんか務まるもんか」
「そんな心配してんのか、気の強い目してるわりに存外小心者だなァ」
「ふざけんじゃねえよ、この野暮天」
「ンだってんだ」
「お前さんの暮らしてる町は嘘より多い八百八町だろう。そしてわっちがいるのは江戸の吉原サ。夢を見させるのがわっちの仕事。現実を持ち込むんじゃないよ」
「おめぇ、こっから出たくねえのか?」
「やっとあの地獄みてえな村を出てきたんだ。わざわざ娑婆に戻る気なんてないよ。ここでくたばっておはぐろどぶに棄てられたほうがずっとマシさ。それより、あんた、ここの揚代はどうしたんだい?」
「自分で出したに決まってんだろ」
「本当かい?」
「ははァん。おめぇ、くれ葉のことで悋気起こしてんのか」
銀二が意地悪く目を細める。
「この馬鹿野郎! 誰がてめえの為に悋気なんか」
「おめぇ。くれ葉に惚れてんだろう」
銀二の言葉にヒヤリとした。熱くなったのか、冷たくなったのか。
「わっちが、くれ葉に……?」
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