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 冥地と同じ列の、通路を挟んだ反対側の座席に座る、女性客の話し声が聞こえてきた。二列席に座る冥地(みょうじ)の左隣りは空席だった。さりげなく顔を向け声の主を一瞥すると、また前を向いた。じっと見つめて不審に思われたくないからだ。  一人は五十代くらいで、もう一人は高校生か大学生に見える。母娘だろうか。こんな会話が聞こえた。 「サナのお友達は大丈夫?」 「私の友達はまだ誰も消えていないよ。でもユキエちゃんのお父さんが消失したって言ってた」 「そう。私たちもいつ消失するか分からないから怖いわね」 「うん。兆しもなければ、現象の起きる仕組みも分かってないんでしょ? 気を付けようがないよね」  二年前に突然始まった謎の消失現象。人が毎日、忽然と消えていく。一番最初にこの現象に襲われた人物は分かっていない。気付いた時にはかなりの人が消えていた。  世界中のいたるところで失踪事件が頻発したことで発覚した。世界が認識したときには、一日に何万人という人間が消失する事態となっていた。 「このままいくと、本当にこの世界から人間がいなくなりそうだな」  冥地の身の回りでは、まだそれほど消失した人がいなかった。それもあり、冥地にとって消失現象を自分事として感じられないでいた。  これほどの人が毎日消失しているというのに、毎日仕事に行き、普通に生活をしている。この日も呑気にコーヒーを啜っているわけである。 「もし、本当に世界から人が消えて俺が最後の人間になったら、俺は何をするのだろうか?」  ふとそんな考えが浮かんだ。この地球上でただ一人、自分しかいない状況である。誰もいないわけだから、お店にある食べ物は自由に食べても誰も困らない。ディーラーに行って高級車で帰ってきても大丈夫。ポルシェがただで手に入る。温泉街に行って、好きな時に好きなだけリラックスすることもできる。カラオケだって歌い放題。全裸で高速道路を素足で逆走するというダブル犯罪を犯しても、公然わいせつ罪と道路交通法違反で捕まることも無い。 「自由だ……」  ついそんな言葉が口から漏れた。外の景色がパッと暗くなる。トンネルに入った。窓ガラスに映る自分の顔が視界に飛び込み、思わずハッとした。にやけていたからだ。自由という状況に、不思議と期待や未来を感じていた。
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