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 客先の本社へ向かう途中、満開に咲く桜の木の下を通った。はらはらと舞い落ちる桜の花びら越しに、新幹線の車内で見た母娘が楽しそうに会話し歩いてくる姿に気付いた。すれ違いざまに聞こえてきた会話から、娘の卒業旅行だと分かった。微笑ましい光景に冥地の口元が綻ぶ。 「(スプリング)か」  そう零した冥地は、ふとこんなことを思った。  もしも、この世界からバネが無くなったら──。  一台の車に使われるバネの数はおよそ4000個といわれている。車だけじゃない。世の中のあらゆる機械にはバネが使われている。俺は職を失うし、何と言っても人類消失現象に対抗できる唯一の部品かもしれない。まあ、あれは夢だったけども。だから、もしもバネの存在が消えてしまったら……。 「めちゃめちゃ困るな」  冥地は不思議な夢を見たことで、たかがバネでも色々な意味で生きるために重要な部品なんだと気付かされた。両手で頬を叩き気合を入れた冥地は、顔を明るく開きこう叫んだ。 「いっちょ売ってくっか!」  スプリングも悪くないな、と思う冥地であった。  冥地の肩越しには、遠ざかっていく母娘の楽しそうに歩く姿があった。春一番とまではいかないが、軽い突風が冥地と母娘の間に桜の花弁を散らす。  そして数枚の花弁が通り過ぎると、母娘の姿は忽然と消えた。音もなく消失した二人に、冥地が気付くことはなかった。  了
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