6.いま何年? 何年何月何曜日? ついでに何日?

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 アヤメのドロドロした心を晴れさせるような声が高々と響いた。  まだ10歳にも満たない幼い弟――アカネが、自分の細腕を二十歳は超しただろう青年の腕に絡ませ、半ば引っ張るようにしてこちらにやってくる。  青年のスラリと伸びた背丈や、ごく整った顔立ちは、田舎娘の小さい心臓を易々と高鳴らせる。 「おはようございます」  アヤメの存在に気付いて青年は、ぺこっと頭を下げた。  アカネもアヤメに気付き、彼女に駆け寄るとその腰回りに抱きついた。 「おはよう、姉さん」 「おはよう、アカネ」  アカネを抱きとめたアヤメは赤らんだ頬で、青年を見上げる。 「時也さん、これからお仕事?」 「ええ」  青年――時也は上着のポケットを探り、銀色に輝く鍵を取り出した。 「あと、どのくらい? 今日には、描き終わるのかしら?」  知らず、声が上擦る。1秒でも長く彼と話していたい。彼を引き留めていたかった。 だが、時也は、 「ええ。今日中には、描き終わりますよ」  と、短く答え、扉を開け、中に消えていってしまった。ツバキの元へ。  仕方ないのだ。彼はツバキの絵描きなのだから。  以前、彼はアヤメにも絵を描いてくれていた。赤い椿の花が咲く庭を背景にしたその絵を父親が気に入り、ツバキの生前の姿を描くようにと時也に依頼したのだ。  絵が描き終われば、ツバキは死ぬ。生け贄にされるのだ。そのことを知る彼の筆はひどく遅かった。  アヤメは時也の背中を隠した扉にため息をついた。  時也がアヤメの熱い視線に気付くことはなかった。彼にはツバキしか見えていなかったのだから。  
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