7.俺は何もしていない

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 そうか、アヤメをツバキの身代わりにして、人の目をごまかしている内に逃げてしまおうとしたわけかぁ。 「僕、嫌だよ。姉さんがツバキの代わりに生け贄にされちゃうなんて」  アカネは見ればすぐ分かるように、同じ姉にしても、ツバキよりもアヤメのことの方が好きのようだ。  いや、むしろツバキを姉とは思ってもいないような口振りである。  おそらく、二人の話を聞いた彼は、何の考えもなく、即、アヤメの元へ駆けつけて来たに違いない。  アヤメは、そんなアカネを力一杯に抱きしめた。 「大丈夫よ。絶対に逃がしやしないんだから。私に考えがあるの」  その時、直久はアヤメの瞳に燃えるような光を見た。 「私が時也さんと逃げるわ」   【改ページ】 ▲▽    同じような白い服を着た少女たちが、全く同じ顔立ちをして、そこに静かに座っていた。 「どうぞ」  時也は、ほんわりと湯気が立ち上る紅茶を小さいカップに入れて、アヤメに差し出した。  カップの中で紅茶がよい香りを振りまきながら、小さく波立つ。  その、時也の優しげな微笑みに、直久を腹が煮えくり返る思いを覚えた。  ――アヤメさんが可哀想そう。あんまりだ!  おそらく、その紅茶の中に睡眠薬が入っているに違いない。  ――よりによって好きな人に騙されるなんて。  彼の偽りの微笑みを、偽りと知っているアヤメが、どのように受け取ったのかと考えるだけで、胸がつぶれそうだった。  今更思うことだが、一卵性双生児は本当によく似ている。そっくりである。
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