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アヤメの手を引いていた時也の足が、不意に止まった。辺りは闇に覆われ、降り積もる雪の音だけが静かに響いていた。
どうしたのだろう? と時也を見上げるアヤメ。そのアヤメの顔を時也は、じっと見つめた。
「ツバキじゃない」
小さく漏れたその言葉にアヤメは青ざめる。時也はアヤメの手を振り払った。
「どうして……?」
「違和感があったのです、あなたの手を握りしめた時。それが次第に強くなって」
「なんで!」
アヤメは咽が裂けるほどに叫ぶ。
「私とツバキなんて、どっちだっていいじゃない!どっちだって一緒じゃない!」
「違う!」
時也は忙しくなった息遣いを整えて、もう一度アヤメの言葉を否定する。
「あなたじゃない。僕が愛しているのは、あなたじゃなくて、ツバキだ」
アヤメは頭を殴られたような衝撃を受けて立ち尽くした。
次第に雪が強く降るようになってきていた。視界が悪く、すぐ近く、手を伸ばせば届くくらいの距離にいるはずの時也の表情さえ、アヤメには分からなかった。
雪のせいだけではない。熱く、潤んだ瞳のせいでもある。
一旦は時也の方へ伸ばしかけた手を、諦めるかのように、アヤメは下ろした。
「アヤメさん!」
不意に呼ばれて振り返ると、そこに直久が息を切らせて、前屈みに立っていた。
なぜだろうか?
側にいるはずの時也の姿は全く見えないというのに、少し離れた直久の姿ははっきりと浮き出ているように見える。
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