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アヤメは時也にくるりと背を向ける。
「ここで待っていてください。必ず、ツバキを連れてきますから」
きっぱりと言い切った彼女の顔は、まるで憑き物が落ちたようにすっきりと綺麗だった。
【改ページ】
▲▽
直久は真っ黒い空を見上げた。 四方から吹き付けてくる雪は、冷たいと言うより、むしろ痛い。
まるで、何千何万本という針が降り注いでいるかのように。
直久は前を駆けるアヤメの姿に目を細めた。
ツバキの部屋にたどり着くと、アヤメは時也から受け取った部屋の鍵を手にして直久に振り返った。
直久が頷いてやると、アヤメは震える手で鍵を鍵穴に差し入れた。
「ツバキ?」
扉が重々しく開く。
「いるんでしょ? ごめんね、ツバキ」
部屋に入っていくアヤメの後に続こうとした直久だったが、なぜか体が動かない。金縛りにあったみたいに、声さえ出ない。
――なんだか、嫌な予感がする。
遠ざかっていくアヤメの姿が妙に目に焼き付いた。アヤメはツバキの姿を見つけて駆け寄る。
「ツバキ、ごめんね。もう、いいの、あなたが犠牲になることないのよ。協力するわ。時也さんと一緒に逃げて。ねっ」
アヤメは今まで、そうできなかった分も込めて、心からの笑顔をツバキに送った。そして、伏しているツバキに手を差し伸べる。
「さあ、立って。時也さんがあなたを待っているわ」
「ありがとう」
その手を取って、ツバキは、ふわっと微笑んだ。
「ありがとう、もう一人のツバキ」
「え?」
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