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夜はいよいよ深まろうとしている。空気が水のように冷たくなり、植物たちのにおいが濃くなってきて。優しかった風もおもむきを変え、とたんになつかしい哀しみを帯びて《黒い森》を試すようにゆらすのだった。
けれど、胸に迫るように鳴く夜の風にどれだけ脅されようと、ヴラドはいたずらに感情を昂ぶらせることはなかった。この十日間に足繁く通い詰めてきたなかで、ここにいる生きものすべてが《黒い森》の色と匂いに調和することで生かされていることを学んだし、なによりもディアナ――今まさに、ドレスのひだをさりげなく纏めて、かれの膝のうえに婉麗と腰かけている妖精が、ヴラドの心を支えてくれているから。
かれの両腕にかかれば、いとも容易く覆い隠せてしまえる華奢な体躯であるにもかかわらず。ディアナの存在は果てしなく、掛け替えのない、壮大な宇宙だった。
(だれだろうと、きみの声には敵わない。そしてきっと、きみのほほえみがすべてを叶えてしまうんだ)
ヴラドはそっと、ブランケットで包むようにディアナを抱きしめる。死後も伸びつづけると言い伝えられている尖った爪が、かのじょを傷つけてしまわないように。
(――さて。今夜はもう少しだけ読めそうかな)
そう気を取り直したときだった。ディアナの頭が微かに動くのを、ヴラドは見のがさなかった。かのじょの視線はじっと東の空に向いていた。
「どうかしたかい、ディアナ。また天気がくずれそうだったり?」
雨が降るかを知りたければ、東の空がおしえてくれる――あれは何日めの夜だったろう、ディアナがそう言っていたことを思いだす。
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