妖精ディアナ

16/19
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/19ページ
 月が真夜中をわたる途中、天の川をとりかこんで舞う星座たちのかがやきが弾け、混ざり、行き交っていくのをふたりは感じていた。それは夜空を仰がずとも、おたがいの躰を照らし流れる光の具合で察することは容易だった。  天国のように自由なひととき。目をあけたまま見る夢、銀色の風、甘くゆれるアジサイ。この時間がずっと続けばいいとヴラドは思った。この瞬間のなかに閉じ込められていたいと。  夜が深まり燦々とみなぎる月光も、ディアナの瞳のきらめきには遠く及ばなかった。かのじょを成り立たせている色は、ヴラドの知っている色とは似て非なるものだった。瞳も、髪も、声も。すべて未知の作法で光りかがやいている。それは川の波紋みたいに一度っきりの、儚く様変わる、かけがえのない仕組みで。  ふたりは見つめ合うことで、おたがいの鼓動のリズムが重なっていくのを感じた。繋がってはぐれ、ぶつかって戯れて、手繰って絆されて。そんなことを星の数ほどくり返し、溶けて調和していくのだった。 (……ねえ、ディアナ。こんなふうに思うのは、生まれて初めてだよ――)  ヴラドはこのとき、じぶんが吸血鬼であることに、少しだけ感謝していた。おのれの形貌を鏡に映さないという特異な体質上、ディアナの瞳を底の底まで見つめていられたから。  王宮書庫室という狭い世界で生きてきたヴラドにとって、胸が高鳴る夜というのも初めてだった。あれは数年まえ――ひどい悪夢を見たヴラドが、バルコニーで夜風に癒やされていた夜、外域の見張り番を交代する立哨たちの囁き声に耳を(そばだ)てたとき。辛うじて聞き取れたひそひそ話によると、商人や旅人は一途な星々の機嫌をうかがい、占いだったり道しるべに用いたりするという。  いつから人は星を知りそのきらめきのなかに願いや運命を示す装置であると伝え受けるようになったのだろう。ヴラドは切実に思う。いったいどれだけの古人が、散りばめられた星の声を純粋に聴き、夢のためにだけ煌めくしたたかさを祝福したのだろう。ちょうど今、彼の胸にからだをあずけ、乱れた息をしずかに整えているかのじょのように。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!