妖精ディアナ

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 ヴラドは月明かりの揺りかごに揺られながら、ディアナの背中にぎこちなく腕をまわす。ディアナは気づかないふりをした。かれの細やかな一挙手一投足を、素早く察していたにもかかわらず。じっと事の成り行きをあいてに任せている。あたかもじぶんが疲れてぼうっとしている間に、ヴラドの胸のなかに包みこまれていたという体を企んでいるように。  ディアナはゆっくり瞼を閉じる――かれの奇形で禍々しい、だけど温かくて臆病な腕に抱きしめられながら。(……羽根を傷つけないように気を遣ってくれてるの? もっと強くしてもだいじょうぶなのに。わたし、そんなにじゃないのよ)心中でそう呟きながら――  重なったふたりの影が、時のでたゆたい、ひしひしと夜に包まれていった。ヴラドは短い歌を歌った。古く慣れ親しんでいるのか、ふと無意識に口ずさんでいるような調子だった。  わたしがあなたと暮せるなら  すずめと猫が、わたしの靴で暮すだろう  あなたが戻ってくるのなら  魚が海から出てくるだろう(※2)  ディアナがこの歌を聴くのは二度めだった。子守歌のように優しいメロディ。いつも詩の意味をおしえてもらおうと思うのに、かれに会うと毎回わすれてしまう。ディアナはそれでも満足だった。かれの優しい歌声に浸りながら、かつてかれも誰かに聴かされたのかもしれないとぼんやり想像を膨らませることが秘そかな愉しみだった。  そのとき、ちいさな物音がした。ディアナは瞬時に耳を(そばだ)て、四方に注意を払う。なにかが《ミーミル泉》の近くの茂みに潜んでいるようだった。葉の擦れる音、小枝を踏む音が、すばしっこく泉のそばを駆けまわり――不意に、一匹のうさぎが飛びだしてきた。まだこどもに違いない。柔らかい薄茶色の体毛はふわふわで、たんぽぽを連想させる。  うさぎは後ろ足で立ちあがり、長い耳をぴくぴく動かしながら視線を彷徨わせていた。それが泉の真ん中で抱きあうふたりに気づくとそのようすを凝視し続けた。もの言いたげな眼は(ボタン)のように黒光りしており、夜闇とは異なる系統の黒色だった。 「ほら、ディアナ。見てるのは月だけじゃなかったよ」  ヴラドは和やかに微笑いながら言った。
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