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もちろん、現実の卵に罅が入っていたわけではない。それでも私は確信していた。卵が孵った。私にも、魔法を使う資格ができたのだと。
でも、どうしても理解できなかったのだ。
だって、初恋はあまりにも苦しい。塁に好かれたい、彼ともっと近づきたいと願えば願うほど、現状の距離感にもだもだしてしまう。他の女の子が近づくとはらはらするし、いざ話そうとすると心臓が口から飛び出しそうになってしまうのだ。
「叔母さん、わかんないよ」
一週間後。叔母さんの家を訪ねた私は、彼女に尋ねたのである。
「卵が孵った夢を見たけど、どうして恋をしたら卵が孵るの?だって、両想いになったわけじゃないんだよ。塁くんには、他に好きな子がいるかもしれないし、私のことなんてそもそも全然好きじゃないかもしれないし……失恋、するかもしれないのに」
失恋。
その一言を口にするだけで、涙が滲みそうになった。おかしなことだ、彼とは出会ったばかりなのに、何でこんなに好きになっているのだろう。まだ知らないことがたくさんあるのに。一目惚れなんてありえないと、少女向けアニメを見るたび思っていたというのに。
「あらあら、まだわからない?」
そんな私に、叔母さんは言う。
「誰かに好かれたいって思うということは、その人が“どうすれば喜んでくれるのか”、“幸せにしてあげられるのか”を考えるということよ。独りよがりにならない恋は、誰かの為を思ってこそ成立するものなの。夏奈ちゃんも思ったんじゃない?どうすれば、彼を笑顔にできるのか」
「……うん」
「でしょう?それが、誰かの幸せを願うということ。魔法の資格を得るということなの」
彼女は私の肩を叩いて、嬉しそうに告げたのだった。
「その子を笑顔にするために何ができるのか、真剣に考えてみて。成功した時、貴女は魔法使いになっているわ。貴女にしかできない、誰かを幸せにできる魔法使いに」
結局。この時の私は魔法使いにはなれなかった。
何故なら塁少年ともっと親しくなるより前に、彼は早々に親の仕事の都合だとかで半年経たずに再度転校してしまったのだから。
それでもなんとなく、叔母さんが言いたいことがわかった気がしたのである。何故ならその半年の間、私は彼を幸せにするためにどうすればいいのか、必死で考え続けることができたから。その感情は、私のことをも幸せにしてくれたのだから。
叔母さんが本当に魔法使いだったのか、正直高校生になった今でもわかっていない。
それでも確かなことが一つある。
人はきっと、願えば誰でも魔法使いになれる。私もみんなもきっと、生きている限りその修行を続けていくのだ。
あの卵のキーホルダーは、今でも私の手元で、再び孵る時を待っている。
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