桜のある風景

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 チーム5人の中で、ヒラチさんは一番まともな人だ。  三十二歳で、4月に結婚したばかりで、農家の長男で、いつもどんよりとした顔でうつむいている。口癖は「結婚は人生の墓場だよ」。だが、一番まともな人だ。  ミキトさんは二十七歳だ。タバコの葉っぱを500g単位とかで買って、フィルターと紙を用意して、自分で巻く。箱で買うより断然安いと言って、勤務中にタバコを巻いて吸う。ときどき、羊蹄山のむこうの町に行って、タバコでない葉っぱをニュージーランド人から仕入れているという噂だ。  ケンゴ君は二十二歳。高校中退だという。東京と洞爺湖町と札幌に、それぞれカノジョがいる。シーズンはじめに此処でも新しいカノジョをつくった。その女ともともと付き合っていた男に(ケンゴ君はつまりその男からカノジョを寝取ったわけだ)ナイフで襲われた、という。腹パン一発で撃退したとか、二階の窓から飛び降りて逃げたとか、諸説あってどう解決したのかわからないが、警察沙汰にはなっていないし、ケンゴ君に怪我をした様子もない。    シノハラさんが何歳なのかは誰も知らない。いつもとろんとした目をしていて、近くに寄ると酒臭い。勤務中によく居眠りをしている。大阪にたくさん不動産を持っていて、府会議員の友達がいて、劇団の座長で、フランスに住んでいたことがあって、アメリカの上院議員と知り合いで、有名な芸能プロダクションの社長ともコネがあって、ITエンジニアで、十年前に吉川英治新人文学賞を獲ったことがある。  自分語りが好きで、その話の内容が話すたびに変化しても、お互いに矛盾しても気にしない。矛盾や不整合を指摘すると、何も聞こえなかったように別な話をはじめる。  彼は、このシノハラさんが一番苦手だった。シノハラさんのとりとめのない自分語りが嫌いだった。細部が曖昧で絶え間なく変化する自分語りの中で、十年前の吉川英治新人文学賞の話だけが具体的なのが怖かった。  チームの四人の中で、一番自分に似ているのはシノハラさんだ。  彼はそう思っていた。  二十年後の自分の姿がそこにあるようで、彼は、シノハラさんをまともに見ることができなかった。    
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