桜のある風景

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 索道に限らず、スキー場に働きに来る者の大半は、リゾート地を転々とする流れ者で、彼らの目的は多くの場合、賃金よりも福利厚生の一部であるシーズンチケットだ。  板を買ったばかりの初心者から、各地の大会を荒らしてまわるような上級者まで、練度は様々だが、寸暇を惜しんでゲレンデに飛び出していくことは共通している。  彼らの間には独特の文化というか、価値観があって、稼いだ金や肩書や学歴や、何に所属しているかなんて何の関係もなく、毎日全力で遊ぶ者こそが尊敬される。  ヒラチさんは隣の村からの通いなのだが、休みのたびに一日中滑っている。  ミキトさんは恐ろしく上手いスノーボーダーで、広い人脈を持っていて、自分で草レースを主催したりする。  ケンゴくんもいつもゲレンデにいる。女関係で常に問題を起こしているが、滑るときは一人でいることが多い。攻撃的というか、ひとつ間違えば死ぬような攻め方をする。  シノハラさんでさえ滑っている。  テレマークという特殊なスキーを持っていて、ふらりとバックカントリーに出ていったりする。    彼のような滑らない者は特殊で、疎外というほどではないが、どうしてもコミュニティの外に置かれる。  それを寂しいとは思わない。  自分とは違う種類の人間たちだ。  彼はそう思っている。  ただ、勤務中にリフトを通り過ぎていく彼らの、屈託のない、全身からエネルギーを発散しているような表情を、どうしても眩しく感じてしまう、そういう自分が好きではないだけだ。        
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