魔王の私と勇者の部下

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翌日 10人ほどのうちの部署に 新たに新卒の男の子がやってきた。 長続きするといい。 事務のような周囲が女ばかり、そして気配りの世界の仕事は男の子は肩身が狭く辞めやすい なんとか上司としてフォローしてあげねば。 「えーはやく仕事をおぼえて 皆さんのお役にたてるように……」 しかし、私はその男の子を一目みた途端 幻覚がみえた。 鎧……鎧を着た金髪だ 聖剣を持っている 脳内に、敵だ、敵だと低い声が響く。 え、うそ、こんなのはじめて だけど、でも。 同時、その男の子も食い入るように私を見つめていた。 「ま、魔王……?」 そして小声ではあるが 確かにそう呟いたのだ。周囲は今なんて?と聞き返す 「あ、いえ、あの、ま、迷うこともあるかとおもいますが、頑張ります」 とりあえず挨拶は終わった。 だが、私の胸はこれから研修というどころではないほど高鳴っている。 私が妄想に悩まされるようになったのは 物心ついたときからずっとだった 『れいかちゃん、また嘘ついたの?』 『嘘じゃないよ、わたし、お城に住んでたの』 『だからそれは絵本の話でしょ?』  『どうしましょう、妄想?それとも人の気を引きたくて虚言癖が……』 両親に病院に連れていかれたその時 色濃く残る記憶を人に話すと不気味がられ 嫌われるのだということを知った だから私はそれを隠すようになった。 夢に何度も見るし、起きたら自分が何者なのか分からなくなることも、何度もあった。 たとえば国の名前とか 武器が飾ってある自室とか 自分の長い爪に緑の皮膚、ごつごつした感覚を 昨日のように思い出せるのに。 それらは決して前世の記憶なんかではない ただの妄想で 妄想のしすぎでリアルに感じ始めた 自分は頭のおかしい、やばいやつなのだと すべてを諦め、閉ざしてきた。 でも、もし、本当に、本当は前世の記憶だったのだとしたら? 「はじめまして わからないことはなんでも私に聞いてね じゃあ業務の流れなんだけど 出勤したらまずメールをチェックして、そう すでに何件かきてるでしょ?」 「あ……えー……は、はい!」 なにか言いたげな彼がとても気になる 私は時計を何度も確認しー…… 祈るように定時になるのを待った 様子がおかしいのは、彼も同じだった。それは初日だからか それとも そして終わりの時間 周囲に誰もいないその時をねらい 私はミルクコーヒーを男の子……谷口たけるにおごりながらつぶやく。 「わ……たしたちなんか会ったことない?」 「え、あ……俺もそ、そう思ってました」 「「…………」」 どこまで言っていいのだろう いや、でも 「さっき、魔王って言わなかった?」 「あ、ああすみませんそんなにお綺麗なのに あの、知り合いの魔王に似てまして」 普通知り合いに魔王はいないとおもう。 しばらく二人でちらちらと盗み見しあった。 はっきり言いたい あなたは前世勇者じゃなかったか?と ただ、どのくらいガチなのかがわからない 勘違いで突っ走ったら笑われものだ。 正直この歳までこの世界でまじめにこつこつやってきたんだ 前世のことに共感してくれる人をみつけなくたって、いや、見つけないほうが穏やかに過ごせるはずだ。変人扱いされるくらいなら……。 「そう……じゃ、また明日」   「あ!ま、まってください」 とりあえず今日はここまでにしよう そう思った矢先 ぐいっと手を引っ張られる 私よりも大きい手。 「え……?」 「い、一緒に帰りませんか……帰ってください」 子犬のような、うるんだ目だった。 今日は良く星空がみえる 都会なのに珍しい もうすぐ駅だな、別々かなとおもって 歩幅はわざとらしいくらいに狭くなる。 谷口君は口を開いた。 重い沈黙を、気合で押し破った様に。 「……頭のおかしい奴だと思われるかもしれません でも、すみません言ってもいいですか 僕、ずっと夢に見るんです 自分がとある村の勇者で、村長に言われるんですよ 姫が攫われた、魔王を倒しに行けって そして魔王を倒して、姫とむすばれて 終わるんです、なんかのゲームをやりすぎたのかなとおもったけど、ありきたりすぎるでしょう?だからなんのゲームなのかもわからなくて」 「…………パクス村」 「えっ?!そ、そうだ パクス村だ…………それがわかるってやっぱり あなたは……お前は……」 「ああ、貴様が産まれた場所を……余はよく記憶している」 ……っやったー!!久々に自分のこと余はって言った! 恥ずかしいけど春になりたての冷たい風が私の頬を冷ます。 「まさか本当に魔王?! うれしい……あ、いやうれしいとか言っちゃだめか 敵同士だったのに……」 もう互いに前世の記憶ありということがわかったので 私達の会話は遠慮のないものになった。 「まあどらえ○○のどくさいスイッチでも 主人公追い詰められるとジャイアンでいいから会いたいとなるし、きっとそういうことなんだろう 余も会いたかった、たとえそれが勇者であっても」 「……これもう駅まで一緒てレベルじゃないな これから飲みに行こう」 「……恥ずかしいから個室で頼む」 私達は語り合った ただの妄想が人と全部かぶることはありえないだろう 細かい部分まで同じだったので 信じていいんだ、もう笑われたり 気持ち悪がられたりしないんだと泣きそうになる そして、なんだ自分やっぱ前世魔王だったんじゃんと恥ずかしくて消えていた怒りがわきはじめた。 人間ごときに随分振り回された32年だった。 「いやー……これからどんな気もちで同じ職場で働けばいいんだ」 「それはこっちのセリフだ」 「魔王的に女になったのはどうなの?」 「女なのは魔王の頃からそうだ 性別的にはメスだった」 「ええ?!そうだったの!?なんかごめん」 「……メスだと手加減したとでも?まあいい ……貴様は姫には現世で会いたくはないのか?余と会えたのだ 姫もいるかもしれんぞ」 「それは……考えたことあるんだけど でもどうだろう、新しい人生でもあるわけだから 必ずしも姫の生まれ変わりじゃなくてもいいんだろうな、て」 「なんだ冷めたやつだな」 「ううん……というのも、前世のときからそうだったんだけど、どうも姫とは自分の意思ていうよりは外野から気づいたらガチガチにかためられてた感じ? 周りは期待してるし俺は勇者だし 姫は俺が好きだし 俺も姫がすき そういうものなんだ、てされてたような そこに俺の意思ってなかったような……」 「…………」 少しずつ知っていく、勇者の一面。 得体のしれない、薄っぺらいやつで怖かったが自分が薄っぺらいという自覚があるらしい あるかないかだけで、大分違う ちなみにいまは職場、休憩時間が終わった。 「……そういえば谷口君、これからミーティングの資料はできてる?」 「あ、はい!いまデータそちらに送ります」 この突然の切り替えを使いながらー…… 私は毎日、谷口君と過ごすようになった。 「なんか最近樋口さん、ハキハキと自分の意見を言うようになったね」 「え、そ、そうですか?」 「うん、前までは壁を感じたというか 言っても仕方ないて諦めてる感じがあった」 上司は、意外と私をよく見ていた。 谷口君のおかげで前世を受け入れられた私は 前を、向き始めているのかもしれない。 そしてー…… 「いい企画じゃないか!そのまますすめてくれ 谷口は即戦力になったなあ 樋口さんの教えのおかげだな!」 半年もする頃、プレゼンで二人あわせて褒められた その瞬間 私達は嬉しくなり互いに手を握り喜び合ってしまった。 ……敵同士だったのは前世の話だ では、今は? プレゼン成功おめでとうと二人で酒を飲みながら 私はぽつぽつとあの頃のことを思い出し 言葉をひねり出す。 「……貴様は余を殺し、世界に平和を取り戻した けれど余の事情も今なら分かってもらえるかもしれないな」   「……事情?でも、姫を誘拐し、村人を襲っては食べた……悪いのはそっちじゃなかったか?」 「……姫を誘拐したのは、条件として余の仲間を返してもらうためだ 先に余の仲間をこちらを滅ぼす研究のために攫ったのは貴様たちの方だった」 「え?!そんなの聞いてないぞ」 「そりゃ話はしないだろう 都合の悪いことは隠されてきたからな そうやってお前らは仲間を返さないどころか 姫をつれかえしにきて結局余は倒され我々種族は滅んだんだ。 襲って食べたのもまあ悪いとはおもうが……やったのは余ではない 末端の奴らは管理しきれず、人間を捕食してしまった…… でもそれと同じくらい人もこちら側を退治してきた。 その場合、悪いのはこちらだけか? そもそも 貴様らは豚や牛を食べるだろう?正直我々からすると同じことをしてるだけにすぎない 我々が悪く滅ぼされるべきというならば それはそちらだって同じはずだ たまたま、食べてる相手が反逆してくるほど知能がなかっただけじゃないか? じゃあ悪とはなんだ? そちらにも事情があったように余にも事情があった そして戦い、結局強いほうが勝っただけだ」 「…………そっか 俺……なんもわかってなかった 自分こそが正義のヒーローだってそう思ってた でも、正義を語るなんて烏滸がましかったんだな 結局見る視点を変えればどちらも正義だし悪だ 勝手に、より強いほうがその基準を決めつけてるだけ……。 俺はちゃんと自分で考えただろうか? いや、考えてないよな…… 長老のいうことが全部当然だとおもって 決められたストーリー通りに動いてた気がする 改めて……言うよ あの日ー……あの時……さ 勝手にあんたらのとこに踏み込んで その命をうばって すまなかった、魔王」 もうすっかり黒髪なその髪が 月に照らされ金色に見えた。 べつにいい、今更謝ってほしかったわけじゃないー……でも そういってくれて 「……ありがとう」 「……魔王、あの、いやれいかさん 都合よくて申し訳ないんだけど 今の俺は、今のあなたが大切らしい だから、その 付き合ってくれませんか」 「……姫じゃなくていいのか?」 「……いいって、やっとなにを護るべきだったのか 分かったんだ」 そっか 私達は出会い方を間違えていなければ こんなにもー…… 『よくも仲間たちを傷つけてくれたな!姫を返せ!』 『とっととくたばりやがれ!』 『お前達なんていなくなればいい この世界の平和のために!!』 (なんで、そんなひどいことを言うんだ) わかりあえる仲だったんだな。 一粒の雫が流れー…… 酒にまじって、消える。 ***** 頭が3つの犬、なんているわけもなく かわいい頭がひとつの犬を飼っている 手をべろべろとやたらと舐めてきて散歩を催促する うん、行こうか 「谷口君、散歩袋もってついてきてー」 「はーい」 私達は一緒に暮らし始めた。 社内恋愛とかただれてて申し訳ないけど、まあ いまは秘密の関係だ。 あれから、不思議と前世の記憶を夢にみなくなり 思い出すことも、話したいと思うこともなくなって 私達はふつーに樋口れいかと谷口たけるとして付き合っている。 なんであんなに繰り返し思い出しては苦しめられたのか、もしかしたら死に方が納得いかなくて ずっと叫んでいたのかもしれない 谷口君のおかげで、私はやっと歩め出せたんだ 今の人生を。 「いい天気だね〜テラス席あるとこ行こ」 目的の喫茶店が見えた。 あとはこの横断歩道を渡るだけなのだが……向かい側から渡ってくる大柄の男4人 やたらと派手な服を着ていて、私と谷口君は2人してひやっとした メリケンサックつけながら歩いてるし かかわりたくない、やばい奴らだ 「おーおー、金持ってそうじゃんなんだかお二人〜」 案の定、絡んでくる はやく行こ、と谷口君の服の裾を引っ張るとー…… 男の一人が え……?と声をあげた。 私を見てかなり驚いている。 そしてー…… 「も、もしかして……サタン様ですか?」 「え?!ほ、ほんとだサタン様じゃあないですか!」 「おいら、おいらっすよォ!最後お守りできなくて申し訳ないっす!」  「ほんと無我夢中でぇ、俺たちが先に死ぬべきだったのに」 「こ、この小物感! お前ら……」 まさか、子分も転生してきていたとは。 道路だというのに泣き崩れる男4人に え、絡まれたとおもったら泣かされたのそっち?と通行人がじろじろみてくる。 ああ……。 「もういい、悩むな 前世なんてな、前世でしかないんだから もう諦めて、生き直してよかったんだよ とっくにな」 自分に言い聞かせるように、子分に言い聞かせる いい世界になったよな 魔王も、勇者も、子分も 平等に生きていくんだ、この空の下で。 end
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