たまご

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 ある日、私の頭の上に『たまご』が乗っているのに気が付いた。  普段は遅刻するギリギリの時間まで寝ているので、朝ご飯を食べてから家を出るまで鏡なんかゆっくりと見たことがなかった。  だから、いつもなら鏡も見ずにブラッシングしてヘアバンドで中途半端に伸びた髪の毛を結んで家を飛び出ていたのに、久しぶりに朝早く目が覚めてしまった今日は、のんびりと洗面所の鏡で自分の寝ぼけた顔を見てて気が付いたのだ。  ── あれ? なんで頭の上に『たまご』なんか乗ってるのかしら。    それは、スーパーで普通に売っているような白いたまごだった。目の錯覚かと思って、二度見したけど、相変わらずそれは自分の頭の上にちょこんとのっているように見えた。  手を使って、鏡に映っている頭の上の『たまご』を取ろうとするけど、つかめなかった。鏡には映っているのに、両手で触ろうとしてもまったく手ごたえがなくて、鏡に映る自分の両手は『たまご』が見える部分を空しくさまようだけだった。  ── まだ、寝ぼけてるのかな?  そう思いながら、ふと後ろを通り過ぎていくお母さんに声をかけてみる。当然、お母さんの頭の上には『たまご』なんか乗っていなかった。 「おかあさん、ねえ、私の頭の上に何か乗ってる?」 「あら、おはよう、今日は早いわね。ううん、頭の上なんか何も乗ってないわよ」  お母さんは不思議そうに私の頭の上を見つめる。  これは夢だ、きっと夢だ。明日になれば元に戻る。そんな根拠のない思い込みをすることで、自分の中の不安を押し殺しながら、のろのろと学校に向かう準備を始めた。  * * *  頭の上に『たまご』が乗っている生活が始まってから、すでに一週間。人間とは不思議なもので、どんなに不思議な状況でも順応できてしまう、それが理解出来た一週間だった。  何しろ、学校に行くと、多くのクラスメートの頭にも『たまご』が乗っているんだもの。そんな姿を見ちゃうと、否が応でもその違和感に慣れるしかなかった。  クラスメート達の会話や先生の言い方から想像するに、誰もこの異常現象を認識していないようだった。『たまご』が乗ってる子も、乗って無い子も、誰も頭の上に乗ってる『たまご』の話をしなかった。  これはもう、頭の上にある『たまご』を無視して生活するしかないわ。そもそも、『たまご』が乗っている意味が分からないし。  私はそう腹をくくった。  * * *  そんなある日。  数日前から頭の上の『たまご』にひびが入っていたクラスメートが友達にしているひそひそ話が聞こえて来た。 「ねえねえ、これは秘密なんだけど。わたし、Web小説の懸賞で金賞とったの。これで念願の小説家デビューできるんだ、だから今はドキドキが止まらないの」 「へー、すごいじゃん。おめでとう」  その子の頭の上の『たまご』は、すでに割れていた。そして、割れた隙間からはきらきらする光がもれていた。  ── そーか、あれって才能の『たまご』なんだ。彼女の『たまご』には小説の才能が詰まってたのね。まてよ、てことは、私の頭にある『たまご』も、そのうちふ化して、私も隠れた才能が花開くのかな?  いままで自分の頭に乗っている『たまご』を、不思議なモノ、邪魔なモノとして憂鬱な気持ちで見てたのに、実は才能の『たまご』らしいと思うと、ちょっと優越感が湧いて来た。  いや、ほんと人間なんて現金なものだわね。  * * *  そんな事があってから、私は毎朝自分の『たまご』をチェックするのが日課になった。早く才能が開花してくれー、平凡な私に与えられた才能ってなんだろう。毎日がワクワクだった。  そして、ついに、待望の日が訪れた。  そう、頭の上の『たまご』にヒビが入っているのを見つけたのだ。やっと私の才能が開花するのか、そう思うと、登校する時もどきどきが止まらなかった。 「おはよー、どうしたの今日は、朝から何か良いことあったの? 満面に笑みが浮かんでるよ」 「えへへ、そう見える。ううん、良いことはこれから起きるはずなんだ」 「ふーん、そうなんだ。占いかなんかでは、今日は最高の日なんだね」  教室でクラスメートに声をかけられると、ついつい笑みが漏れてしまう。うれしいなあ、どんな才能なんだろう。  休み時間のたびに、お手洗いで鏡を見ると『たまご』のひびがすこしづつ成長しているのがわかった。カウントダウンは始まってる。  ── さあ、いらっしゃい、マイ才能!  * * *  お昼休み、お弁当を片付けていると、同級生の男子から屋上に行こうと声をかけられた。もちろん、今日は気分が良いから何も考えずにるんるんして彼に付いて行く。   「高橋! 俺、お前が好きなんだ。頼む、友達からでいいので付き合ってくれ」  彼は、確かに前から気になってた男子だった。そんな気になってた男子から突然の告白。私のむねは突然きゅーっとなって、ドキドキが止まらない。顔はきっと真っ赤になってる、それがわかるぐらい体が火照る。  ── どーしよう、私。  ……返事をどうするか、興奮して思考が停止していると、私の視線は彼の頭の上にある『たまご』にくぎ付けになってしまった。  彼の『たまご』は割れていた。そして割れ目からはきらきらした光が……。  私は、驚いて呆然としている彼を屋上に取り残して、脱兎のごとく階段を駆け下りてお手洗いの鏡に向かう。  私の『たまご』も割れていた。そして割れ目からは、彼と同じようなきらきらした光が……。 (了)
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