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「今日でここに来るのも最後か……」
先輩は大机の上に突っ伏しながら、暇していた右手で机を撫でてそう呟く。
「そうですね。先輩とこうして部活をするのも今日が最後ですね」
部活をするとは名ばかりに、幽霊部員だらけで二人しかいない文芸部は、僕と先輩がただお茶を飲むだけのスペースになってしまっていた。
「寂しいね」
「……そうですね」
普段はおちゃらけて、僕をからかう様な話しかしない先輩も、今日ばかりはおとなしい声で、そう口にする。
そんな先輩の姿に、僕は気持ちを抑えながら、開いていた本を閉じて先輩の顔をみて返事をする。
「一人になっちゃうけど、後輩君はこの部活しっかり続けられるのかな」
「続けますよ。先輩との思い出をここで終わらせるには、未だ惜しいですし」
先輩は僕が本を置いたのを確認すると、いつもの様に意地悪な笑みを浮かべて話す。
だが、僕には先輩の様な器用さは無くて、先輩の気持ちを汲み取りながらも、真面目なトーンのまま返事をしてしまう。
「……そっか。ねえ、最後ってやっぱり寂しいけど、悲しい事なのかな」
「そうですね。残される僕からしたらやっぱり悲しいですよ」
「そんなものなのかな」
先輩は机に突っ伏すのをやめると、椅子に座り直すが、やっぱり居心地が悪かったのか立ち上がって窓の側に近づく。
「先輩は悲しくなんですか」
「そうだね。寂しくても悲しくはないかも」
「……」
先輩の答えに僕は言葉を詰まらせてしまう。同じ思いじゃない事がきっと辛いのだろう。頭の中からうまく言葉が出てこない。
「本を読み終わった時に『面白かった』って笑顔になったり、逆に『こんな終わり方なんて嫌だな』ってやるせない気持ちになったり。でもそうして各々の気持ちで前を向く。それってすごい綺麗だと思わない?」
「でも、それはやっぱり終わる人の感想だ。終わらせられる人の感想じゃないですよ。僕は終わりそうになったら一度本を置いてしまうから」
「そうだね。でももうここが最後の1ページなんだよ。君は私にどんな1ページを見せてくれるの? 最後のページはどんな私が見たいの?」
本に例える先輩の言葉は分かりずらいが、それでも毎日話している僕には何故か彼女の真意が伝わってくる。
それでも最後はやっぱり悲しくて、結局僕は最後まで先輩の気持ちには答えられそうにない。
「笑顔で終わる1ページなんて僕には用意できません。だから最後はきっとひどい顔をして終わりますよ。でも、先輩がこの3年間をいい話だったと思えるような。そんな最後にしますから」
「うん。ありがとう」
僕が声を震わせて話すと先輩は一言だけ告げて、窓ガラスの向こうでは無く僕の顔を見て困った顔をする。
「先輩は、やっぱり身勝手な人だ。それでも僕の先輩が先輩でよかったです」
「私も、後輩君でよかったよ……じゃあ私はそろそろ行くよ」
先輩が鞄を取ろうと机に戻ろうとするので、僕は涙をこらえることなく、鼻を啜りながら、いつもの先輩の様に悪戯っぽい顔で冗談を言う。
「…………はい。今までお世話になりました。これでが最後の1ページです。しっかりと刻んでくださいね」
これがこの人から2年間教わってきたことの集大成だったから
「あはは、うん。覚えておくよ」
やはり僕にはまだ早かったのか、それとも余程滑稽だったのか、先輩はお腹を押さえて笑うと、少しの涙を目尻に溜めながら速足で教室を去っていった。
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