そっくり

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そっくり

「ミスズ……」  ドアから出てきた女性は、私を見ると確かにそう言った。  ミスズちゃんは亡くなっているはずだ。  どうして私を見てミスズという言葉がでてくるのだろうか? 「急にお伺いして申し訳ありません」  ユウくんは頭を下げながらそう言った。 「できましたら、仏壇にお線香をあげさせてもらいたいと思いまして」  単刀直入、無駄なことを言わずにユウくんは話した。これも相談員のテクニックのうちの一つなのだろうか。  女性は、じっとユウくんの顔を見た。 「いいですよ。前は門前払いしてしまってごめんなさいね。あのころは私の心がまだ整理できてなかったもので」 「いえ」  ユウくんは短く返事をすると玄関の中に入っていった。  前は門前払い、どうしてだろう?  そのことが私にはどうしても引っかかる。  何かご家族に恨まれることでもあったのかな?  いや、お母さんの心が整理されなかったということは……。つまり、ミスズちゃんが死んだことに対して、納得がいかないことがあったということか? 「さあ、あなたも入って」  女性は私に言った。  なぜかその言葉に、温かみを感じた。  玄関を入って台所を抜けた部屋に通される。  そこにはあるものが存在感を示している。  黒くて光沢のあるもの。  仏壇だ。  それほど大きくない。  背の低いたんすの上に置かれている。  そして私は仏壇の前に目を向け、氷のように固まってしまった。 「えっ……」  思わず声が出る。  仏壇の前に写真立てに入った小さな遺影が置かれていたのだが、その姿に私は釘付けになってしまったのだ。 「ど、どういうこと……」  そこにはまだ若い女性の笑顔があった。  間違いない。  この人がミスズちゃんだ。  そして、その顔は……。  その顔は、私にそっくり……。  そっくりというレベルではない。まさに瓜二つ。  三十代の私を二十代にしたらまったく同じ顔になっているはず。そのくらいに似ている。 「私も、玄関で見た時、びっくりしたわ」  ミスズちゃんのお母さんが言う。  お母さん……、この人もどことなく私に似ている。でも間違いない。この女性は私のお母さんではなく、ミスズちゃんのお母さんだ。 「ミスズの生まれ変わりかと思っちゃったわ」  私の気持ちを察したのだろう。お母さんは改めて私にそんな言葉を述べてきた。  それからお母さんは、私のことをいろいろ聞いてきた。  私は聞かれたことを素直に答える。  名前は杉並サキで年齢は32歳であること。出身は香川県。 「そう」  話を聞き終わったお母さんが言った。 「それならサキさんはミスズより六歳年上ね」 「……」 「安心してね。私はサキさんの本当の母親とかそういうのではないから」  お母さんは私の不安を見越したのか、冗談ぽく笑う。 「間違いなく、私はあなたを産んだ覚えなどないから」 「そうですか。それを聞いて正直ホッとしてます」 「それに、親類でもないと思うわ。うちの親族に香川県の人はいないから」 「でも、それなら、なぜ私はこんなにもミスズさんと似ているのでしょうか?」 「顔だけじゃないわ。声の質やしぐさまで似てるわ。ねえ、優斗さん」  ここではじめてお母さんはユウくんに話をふった。 「はい」  ユウくんの口が開く。 「僕もはじめて会ったときはびっくりしました。ミスズさんの親類に違いないとも思いました。けれど、それとなく話をきいても、ミスズさんとのつながりはないようでした。でも、本当にミスズさんとつながりがないのか、それを確かめたくて、今日は杉並さんにここへ付いてきてもらったのです」  そうだったのだ。  ユウくんは、私と会ったときから、私の姿をミスズさんと重ねていたのだ。  じゃあ、あの夜のキスは、ミスズちゃんとキスしたつもりなのかな。 「それに、品川さんには他にも聞きたいことがあるのです」  ユウくんは背すじを伸ばしてお母さんを見た。 「聞きたいこと?」  お母さんは少し困ったような表情をした。 「はい。その前に、ミスズさんの仏壇に手を合わさせてもらってもいいですか」  ユウくんはそう言うと仏壇の前できちんと正座をし直した。
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