調子を崩す

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調子を崩す

 結局、昨夜も全く眠れずの一日だった。  あきらかにおかしい。  今まで、仕事で疲れていたこともあり、横になったらすぐに眠り込んでいた私が眠れないなんて。  窓の外が明るくなり、スズメの鳴き声が聞こえてきた。眠れなくても、今日も仕事だ。そろそろ布団から出なければ。  そう思った時だった。  くらくらと目が回りだした。  何とも言えない暗い気持ちが頭の中を支配していく。  何? 何なのこれ?  ベッドから上体を起こすと、とてつもなく嫌な気持ちが襲ってくる。  明らかにおかしい。  私、頭の中が壊れてしまっているの?  そんな感じだった。  起きられない。  こんな状態で仕事なんてできない。  でも、休むわけにはいかない。  デイサービスの現場は、ギリギリの人員で回しているからだ。  私が休めば、他の職員がどれだけ大変な思いをするかよく分かっている。  でも……。  今の私、とても働ける状態じゃない……。  ふすまの向こうでは、夫が歩き回る足音がきこえる。  お湯を沸かし、コーヒーを飲んでいるようだ。  私が起きてこないことなどお構いなしだ。一言も声をかけてくる様子はない。  玄関ドアがバタンと閉まる音がした。夫が無言で出勤したのだ。  どうしよう。  無理したくても無理できる状態じゃない。  私は鉛のようになってしまった体を引きずりながら充電していたスマホに手を伸ばした。  登録してある番号にかける。 「はい、太陽デイサービスです」  男の人が電話に出た。  よく知っている声。  ユウくんだ。  ユウくんはいつも一番に職場に来て、文句一つ言わないで朝の準備をやっている。 「杉並です」 「あ、おはようございます」  明るい声。  電話の向こうでは普通の世界が流れている。  でも、こちらは明らかに普通ではない世界。 「ユウくんごめん、ちょっと体調悪くて、今日休ませてほしい」 「どうされたんですか?」 「体が重くて動けない。ただ事じゃない感じなの」 「ただ事じゃない?」  ユウくんの驚いた声。そしてこんなことを言ってきた。 「夜は眠れていますか?」  ええ?  どうして?  眠れていないけど、どうしてそんなことを聞いてくるのだろうか? 「一睡もできないの」  私は正直に答えた。  私が眠れていないこと、どうしてユウくんは分かっているの?  同じ謎が頭の中で回り続けている。  けれどそれ以上のことを考えようとしても、全く頭がついてこない。 「分かりました。所長には僕から話しておきます。杉並さんは、仕事のことなど何も考えずにゆっくりと休んでいてください」 「ありがとう」  私はそれだけ言うと電話を切った。  そしてまた、布団で横になる。  動けない。  動きたくないのか動けないのかよくわからない。  目がまわり吐き気がする。  何とかトイレには這っていけるが、歯を磨くことも服を着替えることもできない。  少し横になれば、だんだんと良くなっていくはず。  そう念じながら布団の中でじっとしているが、逆だった。  時間が経つと、とんでもない思考が襲ってきたのだ。  それはまるで仕組まれた罠のように、自動的に頭の中に現れた。  ある言葉が、勝手に頭の中で暴走する。 「死にたい。いや、死ななくてはいけない。私の身の回りで起こっている不幸な出来事はすべて私の過去の行動が関係している。つまりは私の行動が原因で、周りの不幸な出来事が起こっている。私などなんの価値もない。生きたくない。死ななければいけないんだ」  そんな言葉が私の頭の中を占領しはじめたのだった。
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