ユウくんが駆けつける

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ユウくんが駆けつける

「死にたい。いや、死ななくてはいけない」  なぜか自動的にそんな言葉が頭に浮かび上がってくる。  負けない。そんな言葉には負けない。  私は浮かんでくる思考に対し必死で抵抗する。抵抗するということは、死にたくないという気持ちも残っているのだろう。  私が死んでしまえば、多くの人に迷惑がかかる。  なんとかそう思い、死から逃げようとしていた。  でも、もうダメ。  繰り返し繰り返し「死にたい」という願望が襲ってくる。  どんな方法があるのだろう。  あまり苦しくないやり方がいい。  そんなことを考えている時だった。  マンションのインターホンが鳴った。  動けない。  私は無視して布団で横になり続ける。  しかし、またインターホンが鳴る。  こんな昼過ぎに、一体誰だろう?  鉛のようになった体を動かし、インターホンのモニターを見た。  えっ?  私は驚く。  そこにユウくんの顔が映っていたからだ。  もう会わないと約束したユウくんがそこにいる。  普段なら、会うことを拒絶しただろう。けれど、今日は違う。私の心は死への思いに支配されてしまっていて、ユウくんと会わない選択などできる余裕はなかった。 「どうしたの?」  苦しさいっぱいの中、がんばって平静を装ってユウくんと話す。 「杉並さんが心配になって来ました。よかったら会って話をさせてくれませんか?」  私は寝間着のまま、歯も磨けていない状態。もちろん髪の毛はバサバサ。  普通なら絶対に人と会ったりはしない。ましてや男の人と会える状態ではない。  けれど、私は本能的に悟っていた。  今の私には助けが必要だ。  このままでは、私は何かに負けて自分の命を絶ってしまうだろう。 「ユウくん、ありがとう」  私はなんとかそんな言葉を口から吐き出し、オートロックを解除した。  たすけて、ユウくん。私をこの苦しみから救って……。  じっと目をつぶって唱え続ける。  すると玄関のベルが鳴る。  早い。  マンションの入り口から駆けつけてくれたのだろうか。  ドアを開けると、ユウくんが立っていた。その顔にはいつもの笑顔、けれど私を見るとすぐに笑顔が消えた。  私のひどい姿を見て、ただごとじゃないと思ったのだろう。  なにせこちらはまる二日眠れず、死と戦い続けていたのだから。 「杉並さん、大丈夫ですか」 「……ごめん、大丈夫じゃないみたい」  私は正直に答える。 「どうされたんですか? 今、どんな状態なんですか?」  言おうか言うまいか悩んだ。  けれど、この苦しさを一人で我慢することなどもうできる状態ではなかった。 「……、この世から消えてなくなりたいという思いが襲ってくる。なぜだかわからないけど、消えてなくなりたいの」  ユウくんの驚いた顔。  そしてこんなことを言ってきた。 「杉並さん、ダメだ、そんなことはさせないよ。これじゃあ、ミスズと一緒になってしまう」  ミスズちゃんと一緒になる?  ユウくん、何を言っているの? 「私、全然眠れなくなっているの。この家で夫といると、一睡も眠れなくなってしまったの」  自然と浮かんできたことを私は話す。 「じゃあ、とりあえずこの家を出ましょう。僕の部屋に来てください」  部屋に来てください?  そんなことできないよ。  だいたい私、外に出ていく元気なんてない。歩く自信もないし。 「杉並さん、今日仕事を休む電話を入れた時、僕に何と言ったか覚えていますか?」  なんて言ったのかな?  もう覚えていない。 「体が重くて動けない。ただ事じゃない。一睡もできないと言われてました」  そうだったかな。そんなことを言ったような気もする。 「その言葉、ミスズが死ぬ直前に僕に話した言葉とまったく同じなんです。ミスズは死ぬ前に僕にそう電話で言ってきたんです」 「……」 「その時、僕はミスズのもとに駆けつけることができませんでした。そしてミスズは死んだのです。だから、彼女を助けられなかったのは僕のせいなんです」  そうなんだ。  ミスズちゃんも同じことを言って、ユウくんに助けを求めたんだ。 「もう僕は同じことを繰り返したくはありません。僕は絶対に杉並さんを死なせません」  ユウくんはきっぱりとそう言ったのだった。
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