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ユウくんの部屋に行く
動けない私は、ユウくんに介助され車椅子に乗せられた。そして、デイサービスの送迎車でユウくんの部屋に向かった。
仕事の車をこんな私を移動させるために使っていいのだろうか?
所長の許可は取っているの?
そんな疑問が湧いてきたが、言葉にする元気もなかった。
寝間着にジャケット姿の私は、じっと目を閉じ苦痛に耐えている。
やがて車が止まる。ユウくんは手慣れた手つきで送迎車のハッチを開き、スロープを引き出す。固定のベルトが外され、私は車いすごと外の世界へと飛び出した。
太陽がまぶしすぎて頭がクラクラする。
空気が肺を刺激する。
「さあ、少し揺れますよ」
ユウくんはそう言い、車椅子で段差を越えていく。
今、私が要介護認定を受けたら相当重い判定がでるだろうな。なぜかそんなことが頭に浮かんできた。
でも、さすがは介護のプロだ。車椅子に乗せられた私は、あっという間にユウくんの部屋の前までたどり着いた。
「ここからは歩いてもらいますからね」
ユウくんは私の脇に腕を入れ、しっかりと支える。
酔っ払って介抱してもらったときと同じだ。
でも、今回は私の胸がユウくんの腕に触れていようがいまいがそんなことはどうでもよかった。そんなことを考えている余裕などなかったのだ。
ワンルームの部屋は意外ときれいに片付けられていた。けれど、やっぱり男の一人暮らしの部屋。物が乱雑に置かれている。私が元気ならキレイにしてあげるのに。
「ここで休んでください」
ベッドの端に座った私を、ユウくんは肩と膝に腕を入れ、優しく私を横にする。
普通ならムードのある情景かもしれない。
でも、今の私はまさしく介護を受けるお年寄りが、ベッド臥床させられているだけの状態だった。
でも違う。
家で一人でいるのとは気分が全然違う。
いつからか私の頭の中を占領していた死にたいという気持ちが、波のように引いていくのが分かった。
「ちょっと車を返してきますので、絶対に変な気を起こさないでくださいね」
ユウくんは真剣な目をしてそう言った。
「わかっている。ユウくんに迷惑をかけてしまうようなことはしない。それにさっきより気分が楽になってきているから大丈夫」
私はそっと目を閉じた。
頭の中がガチャガチャして全く眠れなかったさっきまでの状態とは明らかに違っていた。
今なら眠れるかも……。
(ユウを救ってあげて……。ユウを私から開放してあげて……)
またあの声が聞こえてきた。
この声は私の声。ミスズちゃんが言っているように聞こえるけど、私の声なのだ。自分の声だからよくわかる。
そういえば、ミスズちゃんのお母さんは、ミスズちゃんのことを気分が動く病気にかかっていたと言っていた。
今の私みたいに、死にたくなる衝動が急に襲ってくる病気なのかな。
ミスズちゃんとそっくりな私は、ミスズちゃんと同じ病気にかかってしまったのだろうか?
だったら、私も、ミスズちゃんと同じように……。
そんなことを考えているうちに、私の意識は徐々に遠のいていった。
あっ、眠れるかも。ウトウトとそんなことを考えていた。
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