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目が覚める
目が覚めた瞬間、私は自分がどこにいるのか分からなくなっていた。
そうだった。
あれは夢ではなかったのだ。
死にたくなるような苦しみに耐えながらここに来たのだ。
少しずつ頭が回りはじめてくる。
「起きましたか?」
そんな声が聞こえてきた。
ユウくんだった。
そう、やっぱりここはユウくんの部屋。車椅子でここまで連れてこられたことは現実だったということか。
ユウくんは、ベッドの横で私の顔をのぞき込んでくる。
ちょっと近いんじゃない?
そう思って気がついた。
今の私、心に余裕がある。
さっきまで頭を占領していた、死にたいなんて気持ちが消えてなくなっている。
頭の中の霧が晴れたような感覚になっている。
治っている。
私の頭がもとに戻っている。
戻ってみて始めて気づいた。さっきまでの私がどれだけ異常だったのかということが。全ての不幸の原因は自分にあると思い込み、死にたいなんて考えるなんて。その時は気づかなかったが、今になってやっと分かる。私は異常な世界に迷い込んでしまったのだと。
こんなにすっきりとした頭に戻ることができたなんて、ミスズちゃんが、私を守ってくれたのかな。
なんとなくそう思った。
同じ病気にかかってしまった私を、ミスズちゃんが助け出してくれたのかも……。
でも……。
こんな考え方もできる。
もしかしてミスズちゃん、私に教えてくれたのかもしれない。ミスズちゃんがどんな病気にかかっていたのかを。病気になってしまったミスズちゃんの心の中を教えるために、私に病気の一日体験をさせてくれたのかもしれない。
そこまで考えて、そんな馬鹿なと思った。
どこまで変な妄想をしているんだと、自分を戒めた。
ただ言えることは、もう今の私は元の自分に戻っているということだ。
頭の中がスッキリして、苦しんでいた時とはぜんぜん違う。
けれど、不安は残る。
今後また、あの死にたい病が復活しないとも限らない。
特に夫がいる家に戻れば、おかしなことになってしまうかも。
そんな私の気持ちを見越したのか、ユウくんがこんなことを言ってきた。
「今日は僕の部屋に泊まっていってください」
これって、普通ならすごいお誘いだけど、今の状況は違う。
ユウくんは、私のことを案じて言ってくれているだけなのだから。
「ありがとう。でも眠れたおかげで体調はすっかりと良くなったわ」
「本当ですか、それは良かった。でも今晩はここでゆっくりと心も体も休めてください」
そう言ってから、ユウくんは付け加えた。
「大丈夫ですよ。絶対に変なことはしませんから」
「ありがとう、だったらそうさせてもらおうかな」
今日に限っては、素直にユウくんに甘えたい気持ちだった。
※ ※ ※
夜中、私はユウくんのベッドで横になっている。ユウくんはそのとなり、部屋の床に直で寝ている。
昼間ぐっすりと寝たからだろう。私の目は冴えてしまっている。
また昨日に逆戻りしたんじゃないかと不安になった。けれど明らかに頭の中が落ち着いており、昨日の混乱した状態とは違っている。その事実が私を安心させる。
眠れないのは、私の横に若い男の子がいるからだ。
よく考えれば当たり前のことではないか。
そんなことを頭の中で考えていると、床で寝るユウくんがガサゴソと体を動かした。
きっとユウくんも眠れないのだ。
暗闇の中、私は口を開いた。
「ユウくん、起きてるの?」
しばらくしてから返事がきた。
「はい、なんだか眠れないです」
そりゃそうよ。狹い部屋の中で男女が二人っきりなんだから。
「ねえ、そんな床でなんて絶対に眠れないと思うよ。私はもう昼にぐっすりと寝ているから、ユウくんがこのベッドを使ってよ」
「いえ、そういうわけにはいきません」
「いいわよ。ユウくんがこのベッドを使って」
「だったら……」
ユウくんは何かに躊躇しているようだった。
そしてこう言った。
「だったら、その布団の中に、僕も一緒に入れてもらえませんか?」
「えっ?」
私は思わず声をあげた。
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