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ユウくんの意見
ユウくんが向かったのは、駅前にある喫茶店だった。彼はどこか落ち着きなく、ソワソワしながら歩いている。女性と二人っきりで歩くことを気にしているのだろうか。だったら私も一応女性として見られている証だし嬉しいことだ。
それに、向かった先が喫茶店というのもよかった。
軽食でも何か食べてしまうと、家に帰ってから何も食べられなくなる。仮面夫婦でも一応は妻としての役割を果たさなくてはならない。帰ってから夕食は作る予定だし、夫と二人で食事するつもりでもある。
喫茶店なら、飲物だけで済むし。
きっと相談員のユウくんなら、そんな私の気持ちを分かって行動しているのだろう。大したことではないのだが、当たり前のように行う小さな気づかいが嬉しかった。
店に入ると私はカプチーノを注文した。
ユウくんはホットコーヒをたのんでいる。
さあ、何から話そう。
いざ話そうとすると、言葉が出てこない。
こんなこと若い独身男性に話すことでもないと、今更ながらに躊躇する自分がいる。いくら秘密を守るといっても、ユウくんはただの仕事仲間なんだし。
そんなことを考えているとユウくんから話しかけてきた。
「明日は雨みたいですね。九十パーセントですって」
なんだと? 天気の話?
でも、この話題、少し理解できるところがあった。
深刻な話をする前には軽い話から入るといい、そんな方法論をどこかで聞いたことがある。
おそらく相談員の仕事柄、色々な会話のテクニックを持っているのだろう。
「雨だと送迎が大変よね」と私。
「ほんと雨だと出勤するのが嫌になります」
ユウくんも休みたい時があるのか。
当たり前か。
同じ人間なんだから。しんどい時もあるに決まっている。
そう思うと、どこかユウくんに対し、親近感が湧いてくる。
緊張も解け、私の心が軽くなった時、その瞬間を見計らったようにユウくんが聞いてきた。
「ところで、杉並さんの相談って、ご主人のことですか?」
「うん。どうしてわかるの?」
「独身の僕には理解できない話だと言われていたんで、そうかなっと」
「ふーん、さすが相談員ね。相手の悩んでいることを言い当てられるのね」
「そんな、大したことはできませんよ」
ユウくんはまたもや笑顔を向ける。若い男の子の笑顔には、夫にない爽やかさがある。
「ご主人の浮気で悩んでいるのですか?」
ぐさっときた。
浮気なんて言葉、簡単に使えるんだ。
「ちょっと、最近、行動がおかしいのよね」
誰かに話しを聞いてほしかったのだろう。私は素直にユウくんの問いに答えた。
「どういうところがですか?」
さすが相談員、相手の話を引き出すのが上手だ。
なんかユウくんのペースに乗りすぎてしまっている気もして、話すのを止めてしまおうかとも思ったが、ユウくんの真面目な態度に負けてしまった。
「スマホのパスワード、変えたのよね。あと、風呂場にスマホ持ち込んでるし」
「それはなんだか怪しいですね。でも、それだけではご主人が浮気しているかどうかはわかりませんよ」
浮気……。
「確かにね。ただ、女の勘がはたらくのよ。夫から変に明るく話しかけてくることが多くなったし。やましいことしているから、そんなことしてくるんだと思う」
「ふーん」
ふーんて、なんか軽い返事に聞こえた。
「どうせ、たいしたことじゃないと思っているのでしょ」
「そんなこと、ありませんよ。ただ、本当にご主人が浮気しているのかな?」
「間違いないのよ。一緒に暮らしているからわかるの」
「だったら何か証拠をつかみませんか?」
証拠?
興信所にでも相談すればいいの?
よく知らないけど、お金がかかるじゃない。
「ご主人の行動を観察して、本当に浮気をしているのか、はっきりさせませんか?」
はっきりさせる……。
やさしい顔をして、結構こわいこと言ってくれる。やっぱり男の子だからかな。
「証拠をつかむと、何か解決するのかな?」
「さあ、わかりません。でも、気になったままモヤモヤするのもどうかなと思ったんです」
確かにそうだけど、簡単にハイそうですかとは言えない。
でも、心のどこかではっきりさせたい気持ちもある。
「ご主人をつけてみましょうか」
「そんな、探偵みたいなこと、私できないわ」
「僕が協力しますよ。僕がご主人を尾行します」
尾行する?
相談員て、そんなことまでするの?
普通はしないよね。
だったら、ユウくんはなぜ、そこまでしてくれるの?
単なる興味本位?
私の頭の中に、疑問符が浮かんだ。
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