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夫の浮気
「ご主人が女性と会っていそうな時って、心当たりありませんか?」
ある。
「毎週金曜日は、仕事でかなり遅く帰ってくる。休み前は忙しいと言ってる」
「あやしいですね」
それで、金曜日に夫を尾行することになった。
尾行すると言っても、私の仕事が終わってからでは間に合わない。
夫の仕事帰りを待ち伏せするには、私が休みの日でないと実行できない。
太陽デイサービスは日曜日が休み。あとは平日をローテーションで休んでいる。私は週五日パートに入っているので、平日の休みは一日しかない。
来週の金曜日が休みだったので、その日に尾行することになった。
なんとユウくんは、自分の休みを変更して、私に合わせてくれた。
こんなことにつきあわせていいのだろうか?
※ ※ ※
金曜日の午後五時、私とユウくんは夫の会社の前にいた。目立たないように距離をとり、物かげにかくれた。五十メートルほど離れた電柱の影に、私とユウくんは目立たないように二人で立った。ただ、じっとこんなところで二人で立っていると逆に不審者に見えてしまう。適当に立ち話をしているフリをしたが、やはり私たちは俳優でもなんでもないので、どこかギクシャクした感じになってしまった。
まあ、しかし、そんな私たちに興味を持つ人も特におらず、私は電柱の影から無事に夫の会社の入り口を観察することができたのだった。
夫の浮気……、間違いだったらいいのにな。
私の勘が間違っていれば……。そう私は願っていた。
それほど大きな会社ではない。夫が出てきたらすぐに分かる。
そう思っているとさっそく夫が出てきた。
予想は当たってほしくなかったが、やっぱりという思いが浮かんできた。
金曜日は仕事が忙しいなんて、うそだったんだ。
「あの人よ」
私はユウくんに伝えた。
そっとつけると、夫は電車に乗った。
家の方向だ。
このまま、家に帰るの?
私はわずかに疑惑が晴れることを期待したが、その思いはすぐに裏切られた。
夫は一駅で降りてしまったのだ。家に帰るのではないということだ。
夫はそのまま夕暮れの道を一人で歩いていく。
私とユウくんは距離をとり、そっと後ろをつけていく。
だんだんと悪い予感が現実のものとなっていく。
もういい。
もう、帰りたい。
そんな思いとは裏腹に、目はじっと夫の行動をとらえている。
人通りが少なくなり、私たちが塀の影で立ち止まっていた時、夫が小さなマンションの階段をのぼっていった。
じっと、その姿を追う。
二階で立ち止まった夫が呼び鈴をならす。
スッとドアが開き、夫がその中に入っていった。
「何号室か、確認してきますね」
ユウくんはそう声をかけてきたが、私は何も答えられずにいた。
こんな無様なところをユウくんに見られてしまった。
こんなことがみんなに知られてしまったら、もう職場には行けそうにない。
「201号室でした。表札は橘と書いてありました」
タチバナ……。
知っている名前だ。
たまに夫の口から出てくる名前。
職場の同僚女性がそんな名前だった。
「どうします。もうしばらくここで待ちます?」
「ううん、もう帰ろう」
私は後悔した。
いろんなことに後悔していた。
夫のあとをつけ、現実を知ってしまったこと。
ユウくんをこんなことに付き合わせてしまったこと。
ユウくんってどこまで信用していいの?
秘密は守るといっていたけど、本当なの?
すべて消しゴムできれいに消せたらいいのにな。
そう思いながら小さなマンションの前で立ちつくしていた時、ユウくんが話しかけてきた。
「これから、軽く飲みにでも行きませんか?」
軽く?
軽い気持ちになどなれないのだけど。
その言葉に引っかかりながら、こう返事をした。
「付き合ってくれるの?」
「もちろん」
ユウくんはあの笑顔を見せてくれた。
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