ユウくんと飲む

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ユウくんと飲む

 夫のいるマンションを後にし、私とユウくんは駅に戻っていった。ほとんど喋ることもできずに電車に乗り、私が住むマンションの最寄り駅にある居酒屋へ二人で入った。  よく考えれば、男の子と二人っきりで飲むなんて久しぶりだ。  これが、夫の浮気現場を押さえたあとじゃなかったら、ちょっとドキドキもしたし、楽しい気持ちでいられたのかも。  正直、ユウくんは職場の人気者だし、なかなかカッコいいし。  店員が誘導するまま、カウンターで並び合って座った。周りのテーブルでは酔った客たちが騒がしく話している。こんなザワザワした環境で飲む方が、今の私の心にはピッタリな気がした。静かな店で飲んでいると、酔っ払って泣いてしまうかもしれなかったし。 「なんか、みじめなところを見られてしまったね」  私は席につくと、さっそくそう話した。  努めて明るく言ったつもりだが、心の中は暗い洞窟の中をさまよっている。 「安心してくださいね。僕は絶対にこのことを人には話しませんので」  そうだった。  相談員は秘密を守ってくれるのだ。  じゃあ、明日からも私は職場に行けるということか。  このまま、太陽デイサービスで働いてもいいのだ。  そう考えると、ほんの少しだけホッとした。  ホッとするが、夫の浮気現場を押さえた事実は変わらない。  わかってはいたが、実際に目で見るとさすがにきついものがある。 「ねえ、ユウくんは今、付き合っている人はいないの?」  もう自分の話からは逃げ出したいと思った私は、適当なことをユウくんに聞く。 「いえ、いません」  即答だ。  そりゃそうかもね。  毎日忙しそうに働いているから。  でも、ユウくん、なかなかの男前なんだけどね。  女の子が放っておかない気もするけどな。性格も良さそうだし。 「女の子と付き合ったことはあるでしょ?」 「えっ!」  かわいいとこあるじゃない。ドギマギしているよ。 「ねえ、どんな女の子と付き合ってきたの? 私に教えなさい」  ちょっと私、レモンサワーが回ってきたのかもしれない。暗い気持ちの反作用もあって、口がなめらかになっている。 「いや……」 「なに? もしかして今まで女の子と付き合ったことないのかな?」  もうただの酔っ払いだ。  嫌なことを忘れたい一心だということで許してもらおう。 「いや……、付き合ったことはあります」 「あるの?」 「ええ、でも……」 「でも何?」 「その人とそんなに深くは付き合えなかったのです」  深く?  意味深な言葉に私は飛びついた。 「そういう関係にはならなかったということ?」  これじゃあ、ただのおばさんだ。 「その子と、キスはしたの?」 「一度だけキスしたことがあります」 「一度だけ? じゃあ、すぐに別れちゃったんだね」 「別れたというか……」  ユウくんも酔ってるのか、いつもより口が軽くなっている気がする。 「その子とはどうなったの? 今はその子、どうしてるの?」  私の矢継ぎ早な問いにユウくんは黙り込んでしまった。  やっぱり、ちょっと無神経だったか。  そんなことを思っているときだった。  ユウくんの口からびっくりするような言葉が出てきた。 「その子、もうこの世にはいないんです」 「ええ?」 「その子、死んでしまって、もういないんです」  ユウくんはそう言って、レモンサワーの氷を回し続けるのだった。
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