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四本目。
彼が火をつけて渡してくる。それを受け取ってまた火花を見つめた。
「朱里は? なにか言ってなかったこととかある?」
「言ってなかったことか。なんだろう」
宏人に言ってなかったことなんてなにもない。隠しごとは一切ない。だけど今、言えないことは確かにある。それを口にするのは憚られることだとも理解している。
「なんかないの? この際だからさ、ぶっちゃけるみたいな」
この際、ってなんなんだろう。数分後には別れることが決まっているこの歪な関係のことを言っているのだろうか。どうせ別れるんだし、全部ぶちまけて。そう思うとなんだか辛くて、苦しくて、切なく感じた。
線香花火は残り一本。火花が舞う暗闇の中で、わたしは懸命に祈っていた。どうか、一秒でも長く、火が消えませんように。あと少しだけでいいから、この時間が続きますように。
「ねぇ宏人」
「お、なんかある?」
「……わたしとさ」
「うん」
「こんなわたしと……付き合ってくれて、本当にありがとう」
「なんだよそれ」
「だってさ、わたしなんてホントわがままで、めんどくさくてさ、うっとうしいような女でさ。それでも宏人は……いつも優しくしてくれて」
「……いや、そんなことないだろ」
「宏人じゃなきゃ、こんなじゃじゃ馬扱えなかったと思うよ」
「そんなことないって」
宏人はいつまでも優しい。いつもわたしのことを考えてくれている。
「……わたし、本当にさ、宏人のこと……」
「……うん」
「……本当に、好きだった」
「……」
心臓が揺れて、強く締めつけられる。感情が指先に伝わり、線香花火は小刻みに震えた。
涙が瞼の奥からやってきて、瞳を潤していく。泣きたくなんてない。この涙を宏人には見せたくない。彼は明日、東京へ行くのだから。わたしとの思い出をいやなものにしてほしくはない。彼の記憶の一部となり、いつまでも心に刻んでいてほしい。
「……こんなにも人を好きになったことなんて、なかった」
「……うん」
必死に堪えていたけれど、感情は抑えられずダムが決壊するように涙が溢れていく。線香花火よりも先に、わたしの瞼から流れたものが地面へと落ちた。夜が暗くて本当によかった。あなたに泣いている顔をはっきりと見られなくて済むから。
火花がパチパチと音を立てて燃えている。わたしは声を漏らさないように唇を噛み締めてそれを見つめていた。赤い玉が揺れる。わたしの感情が揺れ動くように、この火もふるふると揺れている。
ダメだ。このままじゃあ。
「……落ちちゃう」
そう呟いたとき、彼の左手が伸びてきてわたしの右腕を掴んだ。わたしの震えを止めるために。あんなに揺れていた線香花火はすぐに動きを止める。
宏人はオーバーサイズのコートに隠れていた青いデジタルの腕時計を付けていた。それは雑貨屋で買ったわたしとお揃いのものだった。付けてくれていたんだ。恋人の証拠を。
やがて赤い玉は小さくなって消えていく。
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