線香花火が消えるまで

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 三月の夜空は冬のように冷たくて澄んでいた。季節外れの花火なんて、と冷静になればそう思う。でもわたしは、宏人(ひろと)と最後に花火がしたかった。付き合っていたあの頃のように。  夜の七時を過ぎたところ。お母さんに事情を話すと、「あんまり遅くならないようにね」と言って快く送り出してくれた。お父さんは不満そうな顔をしていたけれど。  この月極駐車場には車があまり停まってはいなくて、だだっ広い空間を持て余していた。田舎町にはよくあることだ。  砂利が敷かれた駐車場。その隅に二人で座り、バケツを置いて手持ち花火のパックを開けた。  前の通りを車が一台通過していく。ライトの明りは遠くへ消えていった。夜の車道はまだ走ったことはないから、自分が運転をすることを考えると少し怖くも感じる。高校を卒業して、免許を取りに自動車学校へ通っている最中だからなのか、そんなところに目が向くようになった。  四月になれば大学生。制服から私服へと変わるだけなのに、随分と大人になった気分だ。十八歳はもう成人。でもまだまだ心は子どものままだ。親に甘えて、親の(すね)をかじって生きている。東京へ行く宏人は、この春から一人暮らしを始めるそうだ。  わたしとは大人レベルが違う。しっかり者の彼のこと。問題なく生活していけるのだろう。 「この前さ、内見行ったんだよ」  街灯の(かす)かな光の中で、宏人の顔が近くにあった。 「ナイケン?」 「今度住むところの下見。何軒か回ったんだけどさ、どこも狭くてさ。ワンルームばっかし。東京って狭苦しいところだよ」 「ふーん、そうなんだ」  手持ち花火はまだ始まったばかり。赤や黄色に色付いた火花たちは、叫ぶように炎を尖らせていた。 「だけど、楽しみ。すげーわくわくするんだ」 「そっか」  白い煙の向こう側で彼の笑顔が見えた。久しぶりに見たその表情。受験も終わり、ホッとしている宏人の顔。わたしにはもったいないぐらいのイケメンで、こんな人と付き合えていたなんて信じられないと思えてしまう。
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