線香花火が消えるまで

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「本当によかったの? 最後に会うのがわたしでさ。明日引っ越すのに」 「いいよ。俺もそうしたかったし」 「……そっか」  手持ち花火は着実にその数を減らしていく。用意したバケツには使い終わった花火が溜まっていった。  宏人と最後にデートをしたのは、去年の夏祭りだ。浴衣を着て出店の前を練り歩いた。綿菓子を食べたり、打ち上げ花火を見たりして。受験勉強の中でのほんのひとときの息抜き。楽しかった思い出。 「打ち上げ花火もいいけどさ、手持ち花火も好きなんだよ俺」  あのとき宏人はそんなことを話していた。 「じゃあさ、受験が終わったらやろうよ」 「受験終わったらって、三月だろ? 時期外れだろそれ」 「いいじゃん。花火買っとくからさ」  勢いで計画したその提案、ようやく今になってそれを果たしている。 「あとは、線香花火か」 「うん」  あんなにあった手持ち花火はあっという間に使い終わった。残ったのは全部で十本ある線香花火だけ。二人で分けて五回分。  そのとき、わたしは宏人に思いついたことをお願いしてみた。普通なら躊躇(ちゅうちょ)してしまうようなおかしなお願い。 「……ねぇ」  彼は線香花火を掴んでいる。 「なに?」 「……この線香花火が終わるまでさ」 「え?」 「この線香花火が終わるまでは……彼女に戻ってもいい?」  胸がドキドキした。自分の口から出たそんな訳の分からない言葉。わたしたちはすでに別れている。でも、この数分間だけは恋人に戻りたい、そんなことを思った。  彼からの答えはやや間があって、「……いいよ」とあった。 「……ありがとう」  風間くんから宏人へと時が戻る。別れてからは彼のことを「風間くん」と呼んでいる。それが礼儀のような気がしたから。    彼は束の中から線香花火を一つ手渡してくれる。それぞれに火をつけると、二つの赤い火は暗闇の中で閃光した。火はすぐに落ち着きを取り戻すと、赤い玉になってパチパチと火花を出していく。 「きれい」  思わずそんな言葉が漏れてしまうほど。 「季節外れの線香花火もいいな」 「うん……。宏人はさ、東京行ったらどこ行きたい?」  自分でそう聞いておきながら、その答えを求めてはいない自分に気がついた。彼が東京へ行ってからのことを考えるのは、やっぱり辛いのに。 「そうだなぁ。スカイツリーとか、渋谷のスクランブル交差点とか? あ、あとお台場とか行ってみたいかも。東京なんて今まで一回も行ったことなかったし」 「……そっか」 「なんだよ、そっちから聞いてきたのに、興味なさそうな」  宏人は笑みを浮かべながら言葉を返す。その声に他意はないはずだ。 「そんなことないよ。わたしも行ったことないなぁ。東京、キラキラしてるイメージ」 「どうなんだろうな。内見のとき行ったけど人が多くてさ、ごみごみしてんなぁって思ったよ」 「そうなんだ」
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