26人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
当たり障りのない会話が続いていく。
気がつくと一本目の火は消えて、暗闇と同化した。線香花火の平均燃焼時間は一分もないらしい。四十秒ほど。そんな短い時間だけしかわたしは恋人に戻れない。
そのあとすぐ二本目の火をつけた。
「朱里はどうなの? 大学行ったら何したい?」
「わたし? うーん、まずは髪の毛染めて、あとは車の免許取って友だちとドライブ行きたいかなぁ。それこそ、東京とか行ってみたいかも」
「それはやめといた方がいいよ。お前の運転で東京までとか恐ろしくて心臓持たねーよ」
「はー? なにそれ、わかんないじゃん。わたしの運転超上手いんだから」
「ほんとかー?」
「ほんとほんと。今度乗せてあげるって」
そう言いながら、今度っていつなんだろうと思った。たぶんそんなことはこの先起こらないはずだ。
夜風が冷たくて、顔に当たって身体が震えた。この地方にももうすぐ桜が咲くとニュースで言っていたけれど、本当に? と思えるような寒さだ。左手を息で温める。
少しオーバーサイズのコートを着た宏人。その首元には見覚えのある紺色のマフラーが巻かれていた。冬の時期にはいつもそれを付けていたっけ。わたしがくしゃみをする度に、「寒い?」と聞いて自分のマフラーをわたしに巻いてくれた。でも今は……。
少し沈黙が続き、間を埋めようと必死に脳を回転させて思いついた話をする。
「あ、映画もさ、観たいやついっぱいあるんだよ」
「映画な。俺も全然観てねー」
「話題のさ、恋愛の映画とか観たいし」
「お前すぐ泣くくせに」
「うるさいなぁ」
宏人と以前行った感動系の映画、それを観終わってから近くのカフェで話していたらラストシーンを思い出して涙が出てしまって。そのとき彼は笑いながら「泣くなよ」と言ってわたしの涙を指で拭ってくれた。嬉しかった。
「ははっ」
彼は線香花火を見つめながら笑う。
「なに笑ってんのよ」
「うん、まあ、朱里はよく泣いてたなぁって思い出して。でもさ、それも可愛かったなぁって」
「え、なにそれ。ふふふ」
付き合いたてのような微妙な距離感みたいにわたしたちはどこかよそよそしくて。だけどそれがまた新鮮だった。可愛かったと褒められてすごく嬉しくて、胸がきゅんとした。
小さな赤い玉は小鳥の囀りのように、チチチと音を立てながら膨張していく。そして、唐突に落ちていった。
最初のコメントを投稿しよう!