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出来上がった卵焼きは少し焦げてるがいい形である。その上に大根おろしをかけるか、いや、素の卵焼きを味わおう。
「お父さん、大根ある?」
大根は近所の人からもらっていたからたまたまあり、おろしがねを渡すと尖ってるのがいっぱいだからとそこは俺がやるのかっと思いながらも大根をすり下ろす。変なところで怖がりなんだな。そこは小学生だな。おかしくて笑ってしまう。
「なに笑ってんだよぉ、お父さん」
こういう喋り方もどこで覚えてきたんだか。何年かしたら口も聞いてくれなくなるのかなんか心配になる。
作り置きしておいたご飯たちを並べてあたため、それと共に息子の卵焼きと俺のすった大根おろし、生姜チューブ。
そして冷えたビール。息子はもちろん飲めないから夕時には飲ませないオレンジジュースを注いでやった。お礼も込めて。
いつも以上にビールが美味しい。大根おろしをつける前に息子が作ってくれた卵焼き。卵そのものの味と少し焦げもあるけども今までの卵焼きの中でも一番美味しく感じるのは父親の親バカ採点が入ってるからだろうか。もしそんなこと言った時には亡くなった妻にはヤキモチ妬かれてしまうからその時は君の卵焼きの方が一番美味しいよって息子が寝静まった時に言ってやらないとな。
「また作ってくれよな」
「またね」
「お前が20歳になったらそのオレンジジュースはビールになって、一緒に飲めたらなぁ」
「やだよ、オレンジジュースがいいよ」
「そんなこと言って、絶対ビールが好きになるぞ。父さんと同じ呑んだくれになる」
「こうやって? へへへ〜」
と息子は酔った真似をして笑う。息子も知ってる、俺が呑んだくれって。妻が死んでからしばらく週末泣きながらビールを飲んでそのまま台所で寝て。次の日の昼まで寝てしまってたこと。とある日、気づいたら毛布を肩にかけられていた。息子がかけてくれたのであろう。
それからは反省して夜な夜な呑むのは、と思ってほどほどにしてたんだが。息子にはあんな風に映ってたのか、恥ずかしい。
でも今日は特別にあともう一本、呑もう。
「お父さん、なんで泣いてるの? やっぱりお父さんビール飲むと泣くね」
「んー、大根おろしがツーンとくる」
てごまかしてみたが……。二年生の息子は気づいても気づかぬふりをしてくれた。優しいな、そんな気遣いが妻に似ている。
終
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