たまごが先か、鶏が先か、僕か

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 僕の頭蓋骨はたまごのからでできている。  なぜかは分からないが、そうなのだ。  僕は今十四歳だが、小さいころから、そのせいで苦労してきた。  ちょっとなにかの角で頭を打とうものなら、致命傷になってしまうからだ。  そんな僕が「フルコンタクト空手を習いたい」と言った時、両親は「正気とは思えない」と言った。  しかし、別に僕には自殺願望があったわけではなく、生活する上でのちょっとした危険から身を守るために、防御の技術として空手を習いたかったのだ。  フルコンタクト空手は、基本的に素手での顔面攻撃禁止とはいえ、やはりヒヤリとすることは稽古中に何度もあった。  しかし、おかげで僕には、風で植木鉢が飛んでこようが、野球のボールが飛んでこようが、さばいて叩き落せる程度の護身術が身についた。  秋も深まってきたある日、学校からの帰り道を歩いていると、前から人相の悪い男がやってきた。  高校生くらいだろうか。頭は丸刈りにしているがところどころケガをして縫った跡があり、それがまた迫力に拍車をかけている。 「オウ、坊主」 「なんでしょう」 「じぶん、えらい調子に乗っとるらしいやないか。こないだはようも、わしの子分コケにしてくれたのう。拳握れ。勝負や」  男は、空手の構えをとった。  これだ。  空手を始めてから、ほかの子たちとは危機感のレベルが違うせいか、僕の実力はぐんぐんと伸び、大会でもたいてい相手を完封して勝利していた。  それは別にそれだけのことで大した問題ではないはずなのだが、世の中には「頭がたまごのからのやつに完敗して、恥をかいた」と思うタイプの人間がいるのだ。  そして、そういうやつに泣きつかれて、たちの悪い使命感に駆られて落とし前をつけにくるやつもいる。この人もそのくちだろう。  僕は強いて手のひらをパーにし、 「あの、その方言からするに、関西の方ですよね? お笑いと人情の町、大阪の方ですか? それならいがみ合わずに、平穏にやりましょうよ」  男は、ほほう、と頭と肩を縦に揺らしてから、言ってきた。 「大阪の人間が、銭と笑いのことしか考えとらんと思うとんのか。 大阪のもんにとってはな、銭も笑いも抜き身の長ドスや。 客と斬り合い、身内と刺し合い、笑うてあおる杯の中は血の海で、手に残っとる銭は、斬った奴の返り血や。 自分、鞘つきの真剣(ほんみ)提げていきがっとっても、竹光と変わらんで。 おう、逃げんなや。お前これで()んだら分かっとうやろな。 大阪もんが見せる地獄は、笑われへんど」  くそ、なんて威圧的なんだ。  そんなにコテコテにしゃべるなよ。ここは千葉県流山市だぞ。  気を強く持って、言い返す。 「いきがってるのはどっちかね。 こちとら上総下総(かずさしもうさ)に隠れ者なし、九十九里浜を弓と持ち、犬吠埼(いぬぼうさき)を矢じりととり、天下一の海を臨む(さぶらい)にそうろう。 天下の台所の端近(はしぢか)で、柏の大根のひげでもしゃぶるがいいわ。 西から東に水を運べたためしなし、低きから高きを望んでは、煮え湯ゥ浴びて転がり帰れ。 (カネ)はもうけて笑うでなし、(くわ)の刃に貼って人土(ひとつち)生かすが千葉の流儀よ。 難波者には分かるまい、利根川の水に沈むがいいわ」  ええ度胸や、いくで、と叫んで、男が殴りかかってきた。  二発。三発。正拳をさばく。  だが、四発目が強烈だった。嫌な音を立てて、男の()き手が僕のこめかみをえぐる。  ぱきん、と嫌な音が耳元でした。  それと同時に、飛び上がった僕の膝が、飛び膝蹴りの要領で男の顎を深々と打ち抜く。  男は気絶して、どうと倒れた。  もう立てまい。  ……だが。  僕は、こめかみに手をやった。  ぬるりとした感触。  指先を見てみた。  血ではない。透明の液体。  ……白身だ。
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