たまごが先か、鶏が先か、僕か

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 やられた。  少しずつ、僕の頭を満たしていた液体がこぼれ落ちていく。……たまごのからって、割れても治るのか?  気分が悪い。めまいがして、僕はその場に倒れこんだ。  ばき、と破滅的な音がした。僕の頭が、アスファルトに打ちつけられたのだ。  どろおっ、と、さっきまでとは比べ物にならない勢いで、僕のたまごの中身が外へまろび出た。  終わった。  その瞬間。いや、瞬きした、次の一瞬。  僕の目の前には、黄身も白身もすべてこぼして、空になった頭の中身をさらして絶命している僕がいた。  死んでいる。どう見ても、その「僕」は死んでいる。  いや、待て、じゃあ、この僕はなんだ?  今の体を見下ろした。  それは、ひよこだった。  あの一瞬、危ないところで、たまごの中身がふ化したらしい。それが今の僕だ。一命をとりとめたのだ。  僕の死体は、頭だけでなく胴体もまた、おじいちゃんがよく植木鉢の土の上にまいているたまごのからのように、細かく乾いてぱりぱりと砕けていった。  やがて僕は、ひよことして成長し、鶏になった。  しばらくすると、なんと、たまごを産んだ。  たまごというのは鶏にとっては月経みたいなものだと聞いていたけれど、さすがに体感したときは驚いた。  というか、自分がメンドリだったことに一番驚いた。  自分の生んだたまごを、しばらく見ていた。  すると、たまごが動いた。  え、これ、有精卵なの?  よくよく見ると、たまごには不自然な凹凸がある。  ……凹凸の形が、人間の頭蓋骨に似ている気がする。  やがて、たまごのからに、黒い細かな斑点が現れた。  腐ってるのかなと思っていると、点は伸び、なん十本もの黒い糸状になって、たまごを覆っていった。  それは、どう見ても髪の毛だった。  からに、ピンクや赤色がつき始めた。さらに黄色や白も。  筋肉と皮膚がからの表面を覆い、からの下部から首が生え、胸が、肩が、そして内臓が生まれていく。  剥き出しで見ているのは、なかなか気色悪かった。  数十分もすると、たまごのからを頭部にして、「人間」が出来上がった。  顔は僕にそっくりだった。  新しい「僕」は、鶏の僕を、じっと見降ろしてきた。  なにもしゃべらない。意思や知能があるのかどうかも分からない。  とにかく、僕を見ていた。  そして、ついに彼は、僕に背を向けて歩き出した。  その前方には夕日が沈もうとしている。  僕は、夕日の中に黒く浮き上がった僕の人影を見送りながら、たまごが先か、鶏が先か、という文句のことを考えていた。  案外、どちらでもないのかもしれなかかった。  というより、たまごと鶏に人間も加わり、話が複雑になった気がした。  世の中に無数にある、鶏農家の鶏舎。  もしかしたらの中にいる鶏のうちの何割かは、僕のような境遇のやつらなんだろうか?  この謎に少しでも切り込もうと、僕は人間の僕を追いかけて、三歩ほど歩いた。  そうしたらもう、なにを考えていたのかもすっかり忘れて、コケッコーと鳴いて、飛べもしないのに二三度羽ばたいた。  いよいよ周囲は暗くなり、鳥目の僕には、もうなにも見えなかった。 終
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