俺の最後の願い

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 俺は死刑囚だ。 明日はついに死刑執行の日。 この国では、法律で死刑囚の最後の望みを叶える事が決められており、それは刑執行の前日に行うことが定められている。 望みと言っても、もちろん減刑や釈放など、己の犯した罪に対して課せられた罰を変えるような事、サツにチクった奴に復讐などは勿論できない。 あくまで、常識の範囲内の事だけである。  ここで俺がどんな罪を犯して、死刑囚になったのか話そうと思う。 俺は赤ん坊の頃に捨てられた。段ボールに入っていた俺の泣き声にたまたま気付いた親切な人が、警察に届け出てくれて、養護施設に入り、裕福な家庭の人に引き取られ……。 やめやめ、こんな作り話虚しくなるだけだな……。  本当のところは、俺を拾ったのは裏社会のボスだった。 戸籍を持たない俺を利用価値があると判断し、俺は物心付く前から人殺しの現場に連れていかれ、ある程度大きくなってからは殺しのやり方をレクチャーされて、暗殺者として育て上げられた。 そして対抗勢力を潰す為に、何十人とこの手にかけた……。 俺は自分で言うのもなんだが、結構この手の才能があったと思ったんだが、ある日現場でドジをしちまって、足を怪我して逃げ遅れたところをタレコミで見張っていたサツにパクられたって訳だ。 まさか組織内に俺を嫌っている奴がいるなんてな……。ただの暗殺者だし、日陰者だし、そもそも組織のやつらとも顔を合わせる事が少ない、そんな俺に誰も興味ないと思ったのにさ、正直驚いたな。  思いがけない形で廃業した訳だが、罪を免れたい気持ちは微塵も感じない。そもそも俺はこの仕事が出来るだけで、好きではなかったし、ロボットの様に殺しても何も思わないなんて事はなかった。最初の1人を殺めてから俺の中で罪悪感は生まれた。そして、外の世界に足を運ぶようになってからは、普通にただ平穏に生きたいと思う様になった。 あの時、俺を拾ってくれたのが普通の人だったら、きっと俺の人生はもっとマシだったんだろうな……。だから、形は理想的ではないけど、あの世界から抜けられて安心した気持ちがある。俺はこの檻の中で、今までの人生で一番穏やかに過ごせている。  コンコンコン! 「囚人番号218! 明日はいよいよ死刑執行の日だ。何が望みだ?」 「う~ん。前から考えていたんだけど、俺がパクられた日にあの現場にいた女性は無事だったのかな? それが気になるんだよね」 「その情報が望みか?」 「いや、出来たら元気な姿を見たいんだよね。可能かな?」 「なるほど、難しい事だとは思うが、一応所長に聞いてみよう」 「お願いしいます」  数時間後、さっきの看守がまたやってきた。 「囚人番号218!喜べ。お前が模範囚と言う事を考慮して、所長が許可をくださった。よって今からその女性が住んでいるところへ向かう」 「マジっすか?」 満面の笑顔を看守に向けた。 「そんなに嬉しいか? 明日死ぬっていうのに変な奴だな……」 そう、この看守の反応は普通だ。最後の願いを聞き届けるって言っても、所詮死刑前の気休めに過ぎない。囚人は願いを叶えてもらったところで、死ぬのを受け入れられず、むしろこの世への執着は増すことの方が多いと聞く。 でも、俺は喜びを隠しきれなかった。 独房を出るとき俺は手錠をかけられ、念のため目隠しもされて車に乗せられた。  移動中の車内、目隠しのせいで景色を楽しめない俺は、自分の人生を振り返っていた。 俺は恋をした事がない。本当に殺ししかしてこなかった。世の中にいるカップルを見て羨ましいと思う事もなかった。 恋ってなんだよ? 必要なのか? 1人の方が気楽じゃね? わざわざ自由を捨てて相手の為に生きるとか、勿体ねぇな。そう思って生きてきた、あの日までは。 そう、あの日、また組織の対抗勢力の幹部を殺る(やる)仕事、いつものように場所の指示がスマホに届く。 そして、いつものように、隠密のように物音を立てずに建物に侵入して、標的を殺る。ただそれだけの単純作業のはずだった。 でもあの日あの時、あそこにいるはずのない君を見て、俺の鼓動は高鳴った。見た瞬間分かった。対抗勢力が身代金目当てで誘拐したお嬢様ってことは……。 いつもなら見て見ぬふりだって出来るし、仕事に支障をきたす事なんかあり得なかった。でも、彼女を見た瞬間、俺の気持は仕事より彼女の救出を優先した。 自分でも分からない、初めての感情に戸惑いながら、俺は彼女を助ける事に全力を傾けた。その結果、幹部を全員始末する事は出来たが、彼女を庇いながらの戦闘で片足を負傷し、逃亡は叶わず今に至る。 俺はすぐにサツのパトカーに乗せられ、彼女は救急車に運び込まれた。俺はあの日から片時も彼女を忘れる事はなかった。彼女の元気な姿が見たい、それが俺の願いになった。そしてついに今日それが叶えられる。彼女に近づいている、そう思うと俺の心臓の鼓動はどんどん高鳴り始めた。  体感で1時間くらい移動したところで車が止まった。 「おい! 降りろ」 目隠しはされたままなので、手探りで車を降りる。手錠があるから何かと不便だ。引っ張られて案内されるまま移動する。家の中に入ったのか、急に騒音が変わった。 「そこに座っていろ」 看守のその声と共に肩を掴まれ無理やり座らせられた。 (いてぇ。本当、看守って乱暴だよなぁ) 「……お待たせいたしました。この方が例の?」 可憐で澄んだ声が遠くから聞こえ、俺の心臓は強く脈打った。 「囚人番号218!今から目隠しを取る。手錠はそのまま、座った状態で対面するように」 俺が頷くと目隠しが外され、目の前の席にはあの女性が座っていた。 「こんにちは。」 「こ、こんにちは。」 珍しく緊張した俺は出だしで噛んだ……。 (恥ずかしい……) 「……あの時。……もう私は死ぬものかと思って諦めておりました。助けてくださり、ありがとうございます。警察の方から聞きました……私を見捨てていればあなたは逃げられたと。私を助けたせいで、死刑になるんですよね……」 「あはは。そんなことないですよ。元々この仕事は嫌々だったんで、辞める良いきっかけになりました。それに、あなたを見た時、心がざわついて助ける事しか考えられなかったんで、何の後悔もありません」 (うわっ! 緊張のせいで、思わず恥ずかしいセリフが出ちまった!) 赤面した俺を見て看守が口をはさむ。 「ごっほん! 囚人番号218。お前の最後の願いとは告白か?」 看守の一言に。彼女も顔が赤くなる。 「あ、あなたが捕まったと聞いて、所長に減刑を頼んだのですが、犯した罪が多すぎるとのことで、却下されてしまいました。なので、その、何か、私でもお役に立てる事はありませんか?」 「そんな事してくれてたんですね……。ありがとう。そして、こんな死刑囚の俺の最後の願いを聞いて、会ってくれてありがとう。俺にはそれだけで十分ですよ。俺の願いはあなたの元気な姿を見る事だったから。今日こうして元気なあなたと会えて、そして今会話までしている。俺には十分すぎる事です」 彼女は照れたのか、俯いてしまった。 「よし、もう言いたいことは言えたか?」 「はい。大丈夫です」 「では、これにて最後の願いを完了とする。囚人番号218、帰るので目隠しをするぞ」 「あ、あの待ってください」 「お嬢さん、あまり親しくなるとこの囚人も辛くなります。もちろんあなたもです」 「わ、分かっています。でも、最後に……」 彼女は周りの制止を振り払い、俺の方へ走ってきて俺を優しく抱き寄せた。 「次に生まれるときは、もっと違う人生、出会い方が出来ますように」 彼女は耳元で優しく俺に囁いく。 俺の瞳からは涙が零れ落ちた。 呆気にとられた看守はすぐに冷静になる。 「ちょっ!お嬢さん、勝手な行動は困ります!ご自身の身の危険もありますからね」 看守は彼女を無理やり俺から剥がした。 「ごめんなさい。最後にお別れが言いたかったので、つい……」 「では、これで失礼させて頂きます」 俺は目隠しされる前に彼女に一礼した。彼女は俺を見て涙を流しながら微笑み、手を振った。 それが俺の見た彼女の最後だった。  翌日の早朝俺の刑は滞りなく行われ、俺はこの世を去った。俺は死ぬ直前、彼女の笑顔と彼女が最後に俺に囁いた言葉を思い出し、そして俺も願った。 (次彼女と会えるのなら、俺はどんな事をしても彼女を幸せにし、守り抜きます。どうか、来世では彼女といい形で巡り合えますように……)
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