「red season ~秋~」(4)

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「red season ~秋~」(4)

 今日の俺の休みにも彩菜はやってきた。  彩菜の顔色があまりにも悪いので、 「疲れてるならムリはしないで、まっすぐ家に帰ったら?」  と言った。  ここに寄るよりも少しでも長く睡眠時間をとった方がいいのではないかと、本気で思ったんだ。だけどこれは失言だったようだ。彩菜は青い顔を紅潮させて、 「なに、それ。裕弥、本気で言ってるの?」  と言った。 「本気……だけど」  俺がこたえると彩菜は、 「もう! 裕弥はなにもわかってない! わたしは……、わたしは……、裕弥に会いたいからここに来てるのに! なのに来るなってなんなのよ!」 「来るなとは言ってないよ」 「言ったじゃない!」  彩菜は両手で顔を覆って泣き出した。  何故俺は、いつもこの部屋で彩菜の泣き顔を見ることになってしまうのだろう。 「ケンカしたかったわけじゃないのにー」  彩菜はぴーぴー泣いていた。 「裕弥はわたしに来て欲しくないの?」  赤い目で俺を見て言う。 「……そんなわけ、ないじゃん。来て欲しいよ。俺は彩菜に会いたいから」  彩菜は更に「ひー」と声をあげて泣いた。それから、 「ごめんなさい」  と涙を拭いながら呟いた。気まずい雰囲気になって、俺は何も言えずに俯いた。  こんな時、頭の中が混乱してしまう。彩菜を大切に思っているのに、その気持ちは本物だと思うのに。  距離のとり方がわからない。こんな時に歩みよったらいいのか、離れた方がいいのか、わからなくって結局なにも出来なくなる。 「岸本くん、電話よ。橘先生」  俺が打ち合わせに参加していると、電話をとった先輩から声をかけられた。 「あ、すみません」  俺は打ち合わせの席をはずして、電話に出た。 「岸本です」 『今度の土曜日は休みなのか?』  先生は前置きもなく、いきなり本題に入った。 「は?」 『今度の土曜日だよ。チケット発売日だろ?』  あ、と気づいて俺は、 「わかってます」  とこたえた。 『休みなんだな?』 「はい」 『のんびりやってたら取り損ねるぞ』 「一応並ぼうと思ってますけど」 『とりあえず関東から離れろ』 「は?」 『ホームタウン付近は混むに決まっているだろう? なるべく遠くに行け。そうしなければ並びだって混むぞ。並んだってとれないかもしれないぞ』 「あ、はい」 『僕もなるべく穴場に向かう』 「は、はい」 『健闘を祈る』 「は、先生も」  電話は切られた。  気づくと電話を取り次いでくれた先輩が、ニコニコしながら俺を見ていた。 「仲がいいわねー」  俺は言葉に詰まってしまい、 「いやー、別に」  なんて言いながら、苦笑いをした。  橘先生が言っていた通り、土曜日はカップ戦決勝のチケット発売日だった。昨年同様、決勝まで進んだのだ。今年こそは雪辱を果たさねばならない。スタジアムには絶対に行きたかった。なので、チケットは絶対に欲しかった。  先生のアドバイスに従って、関東を脱出し、調べておいたチケットを売り出す店の前に早朝から並んだ。並んでいる人なんていないだろうと思っていたのに、俺の前に女性の二人連れが既に並んでいた。でも目的のチケットは違うようだった。  店が開き、いよいよ俺の順番になった時、ふと先生は無事にとれたのだろうか、先生の分もとった方がいいだろうか、と思った。が、そう思った瞬間に携帯にメールが入った。先生からだった。 『こちらは無事にゲット。そっちはどうだ?』  俺はとりあえずチケットを確保してから、返信をした。 「こちらも無事、ゲットしました。今回は指定席です」 『おめでとう』  すぐに返信がきた。俺は少し考えてから、 「じゃあ、またスタジアムで落ち合いますか? 席は離れているかもしれませんけど」  と送信。またすぐに返信がきた。 『いや、悪いけど、今回、僕は彼女と行くから』  へー、先生、彼女がいるんだ……、いや、スタジアムで落ち合いたくないってことは、もしかして初デート? つきあいが長い彼女だったら、先生は俺に紹介してくれそうな気がするし……、などと内心思いつつ、 「わかりましたー。ジャマしませんのでご心配なく!」  と返信した。  携帯電話をしまってから、二枚とったチケットを眺めた。一緒に行きたい人は一人だけど……。  俺はもう一度携帯を取り出し、仕事中であろう彩菜にメールした。この前、俺の不注意な言葉で泣かせてしまってから初めてのメールだった。返事くれるかな。ちょっと不安な気持ちだった。大体、彼女は休みがとれるんだろうか。  帰りの電車に乗ろうと駅のホームにいる時にメールの返信がきた。 『絶対行く! 休み、なにがなんでも絶対とるから!』  俺は嬉しくなりながら、「ムリをしないで」と送ろうとしたが本音はムリをしてでも来て欲しかったので、 「楽しみにしてる」  と送信した。  試合当日はあいにくの天気だった。雨が降り出し、俺は彩菜に赤いカッパを貸してあげた。  スタジアムは赤と黒と白に染まり、試合が始まった。夢のような90分間だった。  勝った。圧勝だった。試合終了のホイッスルが鳴った時、俺は思わず立ち上がっていた。気づいたら泣いていた。こみ上げる嬉しさをこらえられなかった。  しばらくして我に返った。男の俺が一人で泣いてるなんて……。隣の彩菜に呆れられているのでは……。  恐る恐る隣の彩菜を見た。彩菜も立ち上がっていた。彩菜も涙を流していた。最初は雨で顔が濡れているのかと思ったが、よく見ると涙だった。彩菜は俺の視線に気づいて、俺の顔を見た。 「よかったね」  と泣きながら笑って彩菜は言った。 「すごかったね。カッコよかったね」  その表情と台詞に、また涙が込み上げてきて、俺は何も言えなかった。彩菜は言葉を続けた。 「わたしもこのチームの応援をしたいな。裕弥と一緒にこれからも応援していきたいな」  俺はたまらなくなって、座ってなるべく彩菜に涙を見せないよう、うずくまるようにして泣いた。彩菜はただ俺が優勝の嬉し涙にくれているのだろうと思ったかもしれない。  でも俺にとっては、彩菜の言葉はそれ以上の、まるで俺の全てを受け入れてくれたかのような言葉だった。それくらい、このチームに対する俺の気持ちは大きかった。  チームに対する思いは親からも認められず、独りぼっちだった俺を包んでくれていた。その大切なものを彩菜はわかってくれた。認めてくれた。  素晴らしい。最高だ。  大げさかもしれないけれど、この瞬間に俺は自分がやっとこの世での存在を許されたような気がしたのだ。
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