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「white season ~冬~」(5)
走って最寄駅まで行った。幼い頃、歩いた道、見慣れた風景がすべて遠いものに感じた。
駅に着き、ホームにすべりこんできた電車に飛び乗った。とにかく早く実家から離れたかった。空いている席に座り、窓から見える景色を見ないように目を伏せていた。もう実家につながるこの電車に乗ることは二度とないのではないかとすら思っていた。
自分の部屋があるいつもの駅で降り、真っ直ぐに帰る気にもなれなかったので、一度入ったことがある駅前のインターネットカフェに入った。手元に置いたコーヒーに口もつけず、インターネットをするでもなく、ぼんやりしていた。
しばらくしてから、思いついて橘先生が個人で開設しているホームページにアクセスしてみた。
ほのぼのとしていてあたたかい橘先生のイラストが入っているトップページが表示された。いつも見ている橘先生のイラストを見たら、胸のあたりがぐうっと締め付けられるような感じがした。
裕弥はBBSを表示してみた。新規の書き込みは1つだけだった。橘先生のイラストのファンらしい。
「来年もイラスト、期待してます。頑張ってください!」
裕弥はなんとなくキーを叩いた。
「自分が存在している価値ってなんだろう」
と打って送信した。
ぬるくなったコーヒーを一口飲んで、またしばらくぼーっとしていた。
通路から楽しそうな笑い声が聞こえた。男女の声が混じっていたので、カップルなのだろう。ちょっぴり「羨ましいな」と思った。そしてふと現実に戻されたような気持ちになった。
目の前のインターネット画面を見つめる。橘先生のホームページのBBSが表示されたままになっていた。裕弥の書き込みも表示されていた。
俺、なに書き込んでんだ。こんな書き込み、「荒らし」みたいじゃないか。
橘先生のホームページに荒らしみたいな書き込みをして申し訳ないと思い、慌てて削除しようとしたが、削除キーを入力していないことに気付いた。混乱しながら、トップページに戻ってみたり、他のページを表示させてみたりしたが、削除する方法は見つからなかった。
どうしよう……と思いながら、再びBBSを表示させると……。驚いた。さっき書き込んだばかりなのに、もう橘先生のレスがついていた。動揺しながらレスに目を通す。
『一体どこから書き込んでるんだ。なにかあったのか?
それと自分の存在価値を人の価値観にゆだねるな。自分の価値は自分で決めるものだ。
でも他力に頼りたくなる時もあるのは理解できる。僕の意見を言わせてもらえば、僕は君に出会えて楽しいし、よかったと思っている。
君が存在してくれていて嬉しいよ』
裕弥は泣きそうになった。名無しで書き込んだのに、先生には裕弥だということがわかったらしい。ぶっきらぼうな中にも思いやりとやさしさを感じる橘先生の言葉が、心に染みた。
「すみません、へんな書き込みして。ありがとうございます。
追伸。削除キーを入れ忘れてしまいました。この書き込み、削除しておいてください。重ね重ねすみません。」
裕弥はキーを叩き、送信ボタンを押し、橘先生のレスにレスをした。そしてコーヒーを飲み干すと、席をたった。
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