「white season ~冬~」(6)

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「white season ~冬~」(6)

「お風呂空いたよー。お先にー」  江奈はお風呂から出て、まだ居間でテレビを観ていた妹に声をかけた。 「あ、うん。わたしもすぐ入る」  振り向いた彩菜に江奈は思いついて聞いた。 「ねえ彩菜、覚えてる? 小さい頃、二人でお祭りに行ったこと」  彩菜は首を傾げて考えているようだった。 「そんなことがあったような……」 「あの時、食べた焼きそば、おいしかったと思わない?」 「……覚えてないかも」  と彩菜は言った後、江奈を見た。 「なに? お姉ちゃん、焼きそばが食べたいの? あ、初詣一緒に行こうか。焼きそばの屋台も出てると思うけど」  江奈はうふふと笑って、 「なに言ってるの。初詣は彼と一緒に行きなさいよ」 「あ、そっか」  彩菜は言ってから、更に言葉を続けた。 「でも、良かったらお姉ちゃんも一緒に行かない?」 「そうねー、ジャマしたくないから遠慮しとく。誘ってくれてありがと」 「じゃあ、わたし、初詣二回行く。お姉ちゃん、わたしと二人で行こうよ」  二度目に行くのは初詣じゃないんじゃない?と思いつつ、こんなに自分と初詣に行きたいと思ってくれる気持ちを嬉しく思った。 「そうね。じゃあ行こうかな」 「うん、行こう!」  無邪気に喜ぶ妹の様子を見て、江奈も笑顔になった。幼い頃の思い出がよみがえり、久しぶりに姉妹で出かけることに心がはずむ。  時に人を救うのは、心の中にある楽しかった思い出なのかもしれないな、と江奈は思いながら、 「じゃ、部屋に行くね」  と言ってから、二階へ上がった。  元の江奈の部屋は母親によって綺麗に掃除されていた。江奈がいた頃とは家具の位置などが微妙に変わっていたが、机とベッドはそのままだった。ベッドの上の布団は太陽の光をあびてふかふかだった。  江奈は持ってきたノートパソコンを机の上で開き、携帯電話とつなげてインターネットに接続した。 「OASIS(オアシス)」というサイトを運営している管理人は、江奈だった。サイト運営などにはまるで興味がなかったはずだが、失恋した時インターネットを通した言葉たちに助けられたことがきっかけとなって、自分も誰かの憩いの場になるようなサイトを作りたいと思う気持ちからサイト開設してしまったのだ。 「頑張る女性、ちょっぴり疲れている女性のオアシスになるようなサイト」と思っていたのだが、そこにアクセスしてくれる人は女性だけではなく、男性も多かった。働いている人も学生さんも主婦の方もいた。  BBSを表示してみた。常連さんからの書き込みがあった。 「aqua(アクア)さん、北海道に行かれたんですよね? どうでしたか? 今年はお世話になりました。来年もよろしくです!」  aquaというのは江奈のハンドルネームだった。響きが綺麗だと思ってこのハンドルネームに決めたのだ。  江奈は早速、管理人としてレスをした。 「北海道、よかったですよー。クリスマスの北海道、どんな感じかなーって、前から行ってみたかったんです。近いうちに旅行記、UPしますね。こちらこそ来年もよろしくお願いします!」  書き込みをしてくれた常連さんも自分のサイトをもっていたので、江奈はそのサイトにアクセスし、BBSに年末の挨拶を書き込んだ。  一旦、インターネットの接続を切って、バッグの中からデジカメを出した。そして撮影した北海道の写真をパソコンに保存しはじめた。作業をしながら、ふと夏に失恋サイトへ書き込みをした時にアドバイスされた長文レスを思い出した。 『あなたが落ち込んでいるのは、彼と別れたからというよりも、彼を思っていた自分の気持ちに執着しているからではないですか?』  というような内容だった。  あの時はその指摘が正しいのかどうかわからなかったが、今の江奈にはわかる。  江奈は支えにしていた。彼を、というよりも、彼を思っていた自分の気持ちを。彼は自分を必要としてくれていると思っていた。それは心地よい感覚だった。  でもその反面、江奈は彼に大きな期待はしていなかった。彼を信じきれない気持ちもあった。彼の性格をわかっていたから。変わってくれることを望んではいたけれど。いつか痛い目に遭うかも……。そんな不安を見て見ないふりをしていた。  どこかでわかっていたはずなのに、彼が出て行ったのがあまりにも突然だったから、不意打ちをくらって、江奈のプライドはぺちゃんこになった。  あの時の落ち込みの理由は指摘された通り、彼を思っていた気持ちを簡単には手放したくないという悪あがきだったのだと思う。彼と一緒に過ごしてきた時間が、自分が支えにしていたものが、あんなにたやすく終わってしまう程度のものだったなんて認めたくなかった。  江奈はため息をついた。  あーあ、本当にわたしって恋愛下手……。今度はもっと楽しい穏やかな恋愛をしよう……。  作業を終えて、パソコンを閉じた。窓を開けて空を見上げると、満月よりも少し欠けた月が見えた。 「新しい恋がしたいな」  しんとした月を見上げながら、江奈はぽつりと呟いた。
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