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「blue season ~夏~」(1)
暑くて目が覚めた。
江奈は一人暮らしの部屋の畳の上に倒れるようにして眠っていた。汗だくだった。
頭がクラクラする。
そうだ、昨日は手当たり次第買ってきたお酒をひとりでこの部屋で飲みながら、いつのまにか眠ってしまったのだ。
ふらふらしながら立ち上がって、カーテンを開けた。強い太陽の光を顔に浴びる。
いい天気だ。真っ青な空に入道雲。時計を見ると、昼過ぎだった。
暑い……。
江奈は気づいたように、汗ばむ額を手の甲で拭うと、エアコンのスイッチをONにした。体中が汗でべとべとした。
シャワーをあびようかと思ったが、すぐに行動に移す気になれなかった。
足元に転がるビールやチューハイの空の缶を見下ろす。一体何本飲んだのだろう……。
江奈は決してアルコールに強い方ではなかった。飲み会に行っても、乾杯の一杯でほろ酔い気分になってしまう。
二日酔いの気分の悪さに、ふらふらと座り込む。そしてそのまま仰向けに転がった。
頭痛い……。気持ち悪い……。
わたし、なにやってんだろ……。
自分の状態に嫌悪を感じるというよりも、無力感の海の中を漂っているような感じだった。周りを見回しても、たどり着く島もまるで見えない海の中を。
江奈は目をつぶると、再び浅い眠りの中に入っていった。
夢の中で、江奈は泣いていた。
誰もいない街の真ん中で。
そこはいつもならたくさんの人たちでひしめきあう交差点だ。人にぶつからずに歩くのが難しいくらいのところだ。交差点の途中でいつも信号が点滅しだし、江奈は先を急ごうとするが、人がたくさんいて思ったように前に進めない。
ところが、夢の中の交差点には人っ子ひとりいない。車も通っていない。
静まり返った街。江奈がただひとり、そこにたたずんでいる。空を見上げると、灰色の雲がものすごい速さで風に流されている。嵐の前の空のようだ。
江奈はひとりだった。
さびしい。
涙が零れ落ちる。
ひとりにしないで。
誰か。誰か誰か。
江奈は涙を流しながら、二度目に目を覚ました。
眠っていた時間は二、三十分だったようだ。
さっきよりは少し頭痛もおさまっていた。
江奈はもそもそと起きて、思いついたように机の上に置いてあるパソコンのスイッチをONにした。パソコンがたちあがるのを待ちながら、エアコンで部屋が冷えすぎていることに気づき、リモコンで設定温度を上げた。
冷蔵庫からミネラルウォーターの500mlボトルを出し、キャップをとって、ごくごくと喉を鳴らして飲んだ。とても喉が渇いていた。
パソコンがたちあがっていたので、昨夜お酒を飲みながら書き込みをしたサイトにアクセスしてみた。
江奈は少し前まではインターネットは情報源として利用するだけで、サイト巡りなどには興味がなかったし、ましてや自分がどこかのサイトになにか書き込みをするなんて考えたこともなかった。
ブックマークしておいたそのサイトは失恋サイトだった。透明なブルーの壁紙を使った綺麗なTOPページが印象的なサイトで、ひとりで過ごす夜の時間になんとなくネットの世界を彷徨っていて、たどり着いたのだ。
そこではたくさんの失恋をした人たちが新スレッドをたてて自分の失恋話を披露していた。そしてそれに対して他の人が慰めの言葉などをレスしていた。
レス1「がんばって」
レス2「わたしにも同じような経験があります。いいこともありますよ。今度こそ、素敵な恋愛ができますように」
それに対してスレ主(つまり失恋をした本人)が、
「ありがとうございます。あたたかい言葉をかけていただいて嬉しいです」
などと書き込んでいる。
時には辛らつなレスもある。
「あなたに非はなかったのですか? 一人で悲劇のヒロインぶってる印象を受けました」
そしてそれに対してスレ主が、
「厳しいですね……。でも確かにそういう部分もあるかもしれません」
などと殊勝なレスをし、また他の人が、
「スレ主さんは悪くないですよ! なんで傷ついているスレ主さんにひどい言葉をかけるんですか?」
などと辛らつなレスに対する非難のレスがついたりしていた。
江奈はそれらのやり取りを最初は、
「バカバカしい」
と思って見ていた。知らない者同士が一体なにをやりあっているのだ、と。人の失恋話に興味もなかったし、それに対して慰めの言葉をかけたりしている人の気持ちもわからなかった。
でもそのサイトはなんとなく気になって、江奈は“お気に入り”に登録して、毎晩のようにチェックするようになっていた。
そしてついに昨晩、江奈は初めて書き込みをした。酔った勢いもあったのかもしれない。自分の中だけに留めておくのは、もう耐えられなかったからかもしれない。
江奈は誰かの失恋話にレスしたのではなく、新スレッドをたてたのだ。ハンドルネームは「ブルー」にした。安易だが、ブルーな気分……というところから思いついた。
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