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「blue season ~夏~」(4)
「わたしはその場に座り込んだまま、動けませんでした。いっそのこと、そのまま消えてなくなってしまいたいと思いました。
そう思ってしまうほど、わたしの存在そのものが無意味なものに感じられました。彼を思っていた心が行き場をなくして、ねっとりとわたしにまつわりついていました。
その晩は床に転がっていたら、いつの間にか眠っていました。
いつも二人で寝ていたベッドに一人で寝るのは耐えられず、わたしはそれからしばらくの間、ベッドで寝ることができませんでした。そしてついにはそのベッドを処分してしまいました。
翌日から仕事には休まずに行きました。彼と過ごした部屋に一人でいるよりは気が紛れました。職場に行けば、自然に仕事の顔になりますし。
でも職場のコから聞いた言葉にまたショックを受けました。彼と組んで仕事をしていたコです。彼女は、
「あの人(彼のこと)、就職先が決まったんですか?」
とわたしに言うのです。
わたしは内心動揺しながらも、それを隠して、
「そうみたい……だけど、何故あなたがそんなことを知っているの?」
と聞きました。すると彼女は言ったのです。
「だってあの人、年中言ってましたよ。正社員で雇ってくれるところが見つかったら、こんな仕事はすぐ辞めるって。俺には婚約者がいて、結婚するためには正社員として働くことが必要だから、なんて」
彼女は憤慨した様子で言葉を続けました。
「“こんな仕事”って言ったんですよ! 嫌ならサッサと辞めればいいじゃないのって思いましたよ。どこの会社に決まったのか知りませんけど、あんな人、どこにいったってちゃんとやっていけるわけないですよ!」
知らなかったのはわたしだけ? 彼は他の人には婚約者がいることを言っていたの? それに仕事が楽しくなってきたって言ってたのに、それも嘘だったの?
呆然としているわたしに彼女は笑顔で言いました。
「あの人が急に辞めちゃったから、仕事が増えちゃいましたけど、フォローして頂けるので助かってます。ありがとうございます!」
「う、ううん」
わたしはかろうじて笑顔を作りました。次から次へと出てくる知らなかった事実が、わたしを打ちのめしていました。
仕事は夏期休暇に入りました。わたしは出かける気にもなれず、彼と過ごした部屋で休みを過ごしています。
休暇に入る前日、特に予定のない長い休暇のことを考えながら、部屋に帰って一人になるのが憂鬱に感じられてコーヒーショップに閉店間際までいたのですが、人ごみの中での孤独は一人でいる孤独よりも更に耐えがたいものでした。
くるしいくるしいくるしいくるしい。
さびしいさびしいさびしいさびしい。
たすけてたすけてたすけてたすけて。
「苦しい」「淋しい」「たすけて」
わたしの中でエンドレスで繰り返されるのは、この3つだけです。
「苦しい」「淋しい」「たすけて」」
自分でたてたスレッドをあらためて読み直してみて、なんて長い文章なんだろうと思った。他の人はみんなもっと簡潔にまとめているのに。とりつかれたように夢中で打ち込んでいて、制限文字数も超え、スレッドもいくつかに分割されている。
なにかレスがついているか、カーソルを動かしてみる。
……ひとつもついていなかった。
期待していたわけではなかったはずだが、軽くショックを受けた。これ以上、落ち込みたくはないのに。なんという孤独。
急にまた頭痛がひどくなった気がして、転がっていたら眠ってしまった。
目が覚めた時には日が暮れて、夜になっていた。
窓を開けて空を見上げる。
月も見えない。今日は新月なのだろうか。セミの鳴き声だけがやけにうるさい。
あんなひどいやつと誰もが言うかもしれないけれど、いいところだってあった。例えば、あの人は本当においしそうにご飯を食べる人だった。わたしはそれを見ているのが大好きだった。
彼のずるさは弱さからくるものだから、それさえも愛しかった。なによりもわたしを「好きだ」と言ってくれたあの甘えた様子が大好きだった。
彼はわたしが作るロールキャベツをおいしいと言った。ロールキャベツとワインとワインに合うチーズ……。
二人一緒だった過ぎた日の夕食の風景が思い出された。この世にハッピーエンドというものがあるのなら、あのシーンのまま全てが終わってしまえばよかったのに。
夏の夜のムッとした空気が江奈を包み込む。
空を見上げながら、涙が出てきた。月が見えない夜空が涙でゆがむ。
苦しい。淋しい。
お願い。誰かわたしにやさしくしてください。
まずい、と心のどこかで思っていた。
夏期休暇は九日間とってあったが、今日は一体何日目だろう。一人でいたくないと思っていた彼と過ごした部屋に、なんでわたしはこもっているのだろう。
まともに外出する気力もなく、出かけるといえば近くの自動販売機にドリンク類を買いに行くだけ。飲んで、部屋に転がっているといつの間にか眠ってしまう。目が覚めて喉が渇いていると飲む。その繰り返しだった。
考えてみれば食事らしい食事もとっていなかった。すっぴんで着のみ着のまま。会社がある時には、一応きちんと振舞えていたのに。休みに入って気が抜けた途端、こんな状態になってしまった。
朝、昼、夜……、目が覚めるたびに時間がいつの間にか過ぎていた。一人で落ち込んでいたら、もう忘れたと思っていたことまで次々に思い出されてきた。過去の恋愛のこと。
そうだ、わたしは失恋ばかりしてきた。何故かいつも相手が去っていってしまう。理由はハッキリしない。
きっとわたしに魅力がないからだろう。
と江奈は自虐的な気持ちになった。
そう思い始めたら、自分が最悪な人間に思えてきた。絶望的だ。これから生きていく先に、なんの光も見えない。
苦しい。淋しい。誰か。
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