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バランスよく配置された切れ長の目と高い鼻のおかげか、身なりはともかく男は思いのほか精悍な顔立ちをしていた。その額に目を凝らした。正面から見る。額の左横に傷跡がある。フォルカの口から「やっぱり!」と声が出た。
「君はあの失礼な司書か!」
男はギクッとしたように顔を逸らした。相手はこちらに先に気づいていたらしい。口を割ろうとしないが、態度でバレバレだった。
「司書じゃねえよ」
「えっ、もう辞めたのか?」
男は頭を掻きながら、「まあ、そんなところだ」とそれ以上訊くなと言わんばかりに、
「それより、よく気づいたな」
と続けた。
「印象に残ったからね。あんな風に人から言われるのは初めてだったから」
悪意だと思ってムッとした。けれどなんだかんだ助けてもらった後だからだろうか。当初の怒りは沸いてこなかった。
「昼間のことを気にしていないと言ったら嘘になるけど、今は水に流そう。ありがとう、ガイ。助かったよ」
握手を求めて右手を出す。昼間の言動を責められるとでも思っていたのか、ガイは意外な顔をした。ポケットから一瞬手を出そうとして、ためらいがちに引っ込める。
拒まれて少し残念な気持ちになる。代わりに隆起したタックパンツのポケットの上から、フォルカはポンポンと相手の手を軽く叩いた。
「これも何かの縁だ。お礼も兼ねて『オメガ・リーベ』で一杯ご馳走させてくれないか?」
見上げるとブラックグレーの瞳と視線がかち合う。照れているのだろう。ガイはフイと目を逸らし「おう」とぶっきらぼうに答えた。
店に戻ろうと踵を返しながら、
「それにしても、オメガなのに逞しい体をしているね。鍛えてるのかい?」
自分よりひと回り大きな腕を見る。するとガイから「俺はオメガじゃない」と声が返ってきた。耳を疑い、フォルカは足を止めた。いま、この男はなんて言った?
慌てて振り返る。「で、でも店にいたじゃないか」
ニヤッと意地悪な笑みを浮かべるガイに、悪びれる様子は微塵もない。
「この店のサンドウィッチは絶品だからな」
「まさか君はベータ……いや、アルファなのかっ?」
後ずさりながら訊く。フォルカの困惑をあざ笑うかのように、ガイは「さてね」と口の端を上げた。
気に入ったメニューのために、男がわざわざ入店したとは思えない。何が目的なんだ? 警戒心を含んだ目を送ると、ガイはこちらが握手を求めたときには出さなかった手をするりとポケットから抜いた。
「確認してみてもいいぜ。俺がベータなのか、アルファなのか」
フォルカの顎を三本の指で柔らかく掴む。くいっと上を向かされ、男の整った顔が近くに来る。そこでフォルカは、男が不当に店へと侵入した目的を理解した。
「バカにしないでくれ!」
顎に添えられた手を弾き、身を引いて睨みつけた。
「バース性を偽って店に侵入するなんて、君もさっきの彼と同じじゃないか!」
こちらの威勢に、ガイは「おっと」と両手を顔の横で上げた。
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