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「ほら、言えないということはやっぱり――」
「う、うるせえな! 俺にもいろいろあるんだよ!」
誤魔化そうとする男を見て、「逃げるなんて卑怯だ」と問い詰める。
「逃げてねえっ」ガイは否定する。
「人がせっかく体拭いたり服着させてやったりしたんだぞ。おまけに俺の寝床も占領しやがって。むしろ感謝の一つぐらい言ってもいーんじゃねえか?」
清潔感のないパジャマではあるが、たしかにアフターケアはしてくれたようだ。体のあちこちが痛むものの、汗や体液でベタベタするということはなかった。ベッドも硬いが、フォルカに使わせてくれた。
とはいえ、偉そうな態度はいかがなものか。フォルカはプイと顔を逸らし、「礼は昨日助けてもらったときに言った」と返した。
「ったく。可愛くねえな」
「君に可愛げを見せるほど僕だって暇じゃないんだ」
「はー、そうですかそうですか」
棒読みで言うと、ガイはベッドの脇にある透明瓶からグラスに水を注いだ。「ほらよ」とグラスを差し出してくる。
フォルカは男の手が持つグラスと相手の顔を交互に見やる。フォルカの警戒心を察したのか、「ただの水だ」と説明した。
「抑制薬は避妊の効果もある。初めて会った男に孕まされるなんて、望んじゃいねえだろ」
孕まされる、という単語がやけに強く耳に入り、フォルカは咄嗟に「あ、あたりまえだ!」と返した。
「だったら今すぐ抑制薬を飲むことだな」
フォルカは急いで鞄の中から薬の入った瓶を取り出し、手のひらに抑制薬を出した。男からもらった水で、錠剤を二粒流し込んだ。
セックスなんてしたことがないから、ヒートを抑制する効果にしか目が向いていなかった。フォルカは手の甲で口元の水を拭う。
思い出させてくれたことに礼を言うかどうか迷ったが、変なプライドが邪魔して口には出せなかった。
「邪魔したな」
フォルカは男に空になったグラスを返した。
「まだあちこち痛むんだろ。癪だがもう少し休んでいけ」
「癪だと言われて休めるものか」
ガイは「ソーデスネ」とロボットのような抑揚で言い、小声でやっぱり可愛くねえと呟いた。聞こえてはいたが、反応するとまた言い争うことになりそうだ。あえて無視した。
フォルカは壁にかけられていた服に着替えたあと、鞄片手にハットを頭に乗せる。一刻も早く返って休みたかった。
ガイに床板を外してもらい、「それじゃ」とハシゴを伝う。その際、屋根裏部屋から覗き込むように屈んでいる男の手元が目の前にきて、思わず目が留まった。昨日は包帯を巻いていなかったはずだが、どこかで怪我でもしたんだろうか。
「その包帯の下はどうしたんだ?」
ガイは自分の手を見たあと、「なに、心配してくれるのか?」と悪戯っぽく笑った。
その顔にドキッと心臓が弾む。フォルカはかぁっと顔を熱くし、反射的に否定した。
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