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ヒートに乗じてごろつきのアルファとセックスをしてしまってから三日。その間、フォルカは何回ため息を漏らしたか覚えていない。
不可抗力だったこともあり、今さら出会ったばかりの男と寝てしてしまったことに関して後悔を垂れるつもりはない。
ただ一つ、フォルカの前には新たな問題が立ちはだかっていた。
「元気ないわね」
目の前に座るカタリーナが、ビーフシチューをすくったスプーンを口に運ぶ手を止めた。午後に眠くなって研究に支障が出るのを防ぐため、いつもランチにパンはつけないらしい。
ハルヴァート学園の大食堂である。シャンデリアの吊るされた天井に、学生たちの話し声と、カチャカチャと食器の鳴る音が響く。
「はあ、忘れ物をしてしまいまして……」
「忘れ物?」カタリーナが片眉を上げた。
「ルカにしては珍しいわね。どこに忘れたのかしら?」
ギクッとしたが、フォルカは冷静に「友人の家です」と答えた。
一夜を共にした相手の部屋とは口が裂けても言えなかった。
フォルカが王族であることを、カタリーナは知っているのだ。ヒート時とはいえ、フォルカが自分の立場を顧みずにごろつきの男と行為したことを知ったら、常に冷静な彼女でも卒倒してしまうかもしれない。避妊効果もある抑制薬も飲んだし、わざわざ教授に言う必要はないだろう。
問題は――。
「何を忘れてしまったの?」
心の中を読まれたかのように、ちょうどいいタイミングでカタリーナが訊いてくる。フォルカは口つけていたグラスからゴフッと水をこぼしてしまいそうになる。
「いえ、たいしたものではないんですが……」
目を泳がせる。フォルカの反応から、忘れた物はそこそこたいしたものだろうと察したようだ。カタリーナは「ご友人の家に取りにいくことね」と至極真っ当なことを言い、再びシチューを口に運んだ。
やはり取りに行かなければ駄目か……とフォルカは気分が沈む。
三日前、ガイの家から自宅のアパートメントに帰宅したフォルカは、シャワーを浴びようとズボンを脱いだ際に気がついた。
なんとパンツを履いていなかったのだ。何も身に着けていない下半身に、自分でも目を疑った。
たった今脱いだズボンを裏返し、ポケットの中まで確認した。鞄もひっくり返してみたが、パンツはどこにもなかった。
気が動転した。まさか自分が王族であることを見抜いたガイが、自分を強請るために盗んだのではないかと焦った。
単に自分が履くのを忘れてきただけだと気づいたのは、それからすぐのことだ。他にも何か盗まれていないかと、フォルカはジャケットの胸ポケットに手を入れて探った。常にそこに懐中時計を入れていたからだ。
古い懐中時計であるし、ましてや王族にまつわるものでも何でもない。だが金が所々剥げたその時計は、亡き母の形見なのだ。もとはルミナス王国の片田舎から王族に嫁いだ母の父――祖父のものだったらしい。蓋には写真を入れることができ、フォルカはそこに生まれたばかりの妹を抱く母と幼少期の自分の写った写真を入れていた。
この写真は世間に公開されていない。が、ルミナシエルファミリーのことを知る者であれば、写真の人物が誰なのかすぐに分かるはずだった。
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