オメガ王子はごろつきアルファに密やかに愛される

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 もし自分が気を失っている間に、ガイがこの写真からフォルカが王族だと知ったとしたら。きっとパンツなんかよりも、この懐中時計を強請りの材料に使うことだろう。男が正真正銘の悪党であれば、そもそもフォルカ自身を人質にして、王族全体を揺さぶってくるのではないだろうか……。  そこまで考えた瞬間、フォルカはガックリと膝を折った。いくら未知の経験に直面して慌てたとしても、普通下着を履くのを忘れるだろうか? 自分の間抜けさに呆れた。恥ずかしさのあまり、しばらくのあいだシャワーブースの中から出ることができなかった。  ランチを済ませたあと、これから大講堂で行われる学術集会に向かうというカタリーナと別れた。  頼まれていた書類仕事を片付けたのちに、学園を出て向かった先はガイが暮らす屋根裏部屋のある家だ。  たかがパンツだ。本当は一夜限りの相手の家へ、わざわざ取りに行くのは面倒だし嫌だ。だが、ガイがもし何かの拍子に先日抱いたオメガがルミナス王国の第三王子だと知ったら?   記憶の中のガイは、そこまで悪い人間だとは思えない。でも有利な情報を知ったとき、『あの人ならどうするだろう?』と考えられるほど、フォルカはガイのことを知らないのだ。ガイの住む空き家にあった盗難品にも見える装飾品の数々を思い返すと不安になる。今にもガイが自分の知らないところで悪企みを考えているのではないかと思うと、気が気じゃなかった。  ガイはフォルカの職場を知っている。もしガイが自分の正体を知れば、父・アーモス二世が世間にひた隠しにしたかった事実までも、公に知られてしまうことになる。  父の自分に対する処遇は時代遅れだと思うが、自分を国から追い出した父を――国までを憎んでいるわけじゃなかった。  というより、これ以上王宮に迷惑をかけて、冷たい処遇を受けたくなかった。オメガというバース性以前に、自分は弱い人間だ。支援も受けられないほど王族から追い払われてしまったら、正直生きていける自信がない。  だから、パンツを取りに行く。羞恥心で心が挫けてしまいそうだったが、最悪の事態になる可能性が少しでもあるなら、先に潰しておいた方がいいだろう。  記憶を頼りに男の家を目指して歩いていたとき、ふと見覚えのある姿が正面に現れた。道を割るように植えられた花壇を背に、ベンチに腰かけているのはガイだった。誰かと話しているのか、口元が動いている。  だがガイの周りにいるのは、背にした花壇の反対側にいるハットを被った紳士服の男だけだ。背中合わせで会話しているのだろうか。  年齢までは分からないが、紳士はベンチの背に背中がつかないくらいに背筋がピンと伸び、高貴なオーラをまとっている。一方ガイはリネンシャツを着崩し、背中はベンチにべったりで、脚も大きく開いていた。恰好だけ見れば、二人に接点があるとは思えなかった。  口元が動いているのは見間違いだろうか。フォルカは少し足を速めてガイに近づいた。ガイがこちらに気がついたのは、フォルカが口元を確認する前だった。 「おお、おまえか。久しぶりだな」  ガイはそう言うと、「久しぶりでもねえか」と豪快に笑った。鼻のまわりをくしゃっとさせた笑顔は子どもみたいだ。  意外と年下なのではと思ったら、なんともいえない気持ちになった。本能のままにセックスをした夜、薄暗い部屋で垣間見た眼光を思い出し、ドキッとする。目の前で屈託なく笑う男と、あの夜欲情した目を向けてきた男は同一人物だ。分かっているのに、意識するとなんだかむず痒かった。  フォルカは気を取り直して、「用があって、今君の家に向かっていたんだ」と説明した。
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