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そのあと、赤毛の司書は書棚でひしめく図書館の中から、目的の書を探し出してきてくれた。本を数冊腕に重ね、図書館から出る。研究棟に向けてえんじ色のカーペット廊下の上を、革靴を沈ませて歩く。
今日のように『フォルカス王子』ではないかと指摘されたことは、一度や二度ではない。けれどその度に内心ヒヤヒヤし、事細かに否定していたのもだいぶ前のこと。
今となっては焦って否定することはほとんどない。むしろ人違いだと笑顔で応じた方が、人々の好奇心を逸らせることを知っている。
フォルカはルミナシエル王国ことルミナス王国の第三王子だ。フォルカス・ヴィ・ルミナシエルが本来の名だが、久しく本名で呼ばれてはいない。
自分が単身王族を離れ、隣国のトレントリー共和国に住み始めてから約八年。
妹と元家庭教師のフベルトがたまに文をくれるが、どちらからもらった手紙の上でも自分のことを表す文字は本名ではなく、『兄さま』と『坊ちゃま』だからだ。
自分の立場を知っているカタリーナでさえ、フォルカのことを愛称の「ルカ」と呼ぶ。
長年の外国生活のせいで、フォルカの顔は世間に大々的には知られていないはずだ。だが以前、何らかの機会にフォルカの姿を一見したであろう記者が書いたゴシップ記事を読んだことがある。そこには、自分の容姿についてこう記されていたものだ。
――『エメラルドグリーンの瞳と力強い御眉は、お父上のアーモス二世譲りであられる。絹糸のように艶やかなブラウンのマッシュヘアと端正なお顔立ちは、数年前にお亡くなりになられた母ステラ妃を思い起こさせる。誰が見ても眉目秀麗なお方であることは間違いないだろう。』
眉目秀麗、という表現にはくすぐったさを覚えたものだが、その記事は思いのほか的を射ているようで、記事が出て以来、時々似ていると言われるようになった。
とはいえ、さっきの図書館でのように直球な言葉で尋ねられたのは数年ぶりだ。久しぶりだったから、ちょっとびっくりした。
――めでたい奴だ。
男がどうしてそんなことを言ったのかは分からない。『事実』ってなんだ? どこかで自分は、あの男と会ったことがあるのだろうか。記憶を探ってみたものの、『ガイ』という名前に思い当たる節はない。もちろん、あの男の見た目や声にもだ。
とにかく失礼な男だと思った。人を理解したような物言いが苦手だった。
次に図書館に行くことがあれば、あの男がいないときを狙おう。
フォルカはそう心に決めて、教室棟をあとにしたのだった。
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