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「子猫?」屈んだ少年たちの頭を通して、樹木の下に目を落とす。隆起した幹のあいだでは、見るからに弱った子猫が横たわっていた。
人がこれだけ周りに集まっているというのに、目を閉じたまま逃げるようすはない。茶色の毛に覆われた腹部を、わずかに上下させるだけだ。
どうしよう、と泣きそうな声で訴える少女に、フォルカに説明してくれた少年が諦めたように「もう無理だよ」と言う。
「病院に連れていったって、おれたちじゃ金もないし、こんな身なりだからそもそも病院に入れてくれるわけないって」
このままでは子猫が死んでしまうのは明らかだ。王族であることを隠している身としては、本来目立つこはしたくない。だが『なんとかしたい』という少年たちの気持ちが窺えて、居ても立っても居られなくなった。
「ちょっと通してくれるかな」フォルカは少年たちの輪を手で搔き分けた。
途中、肩に掛けていた鞄の紐がとある少年のサスペンダーの金具に引っかかるアクシデントがあったものの、なんとか子猫の傍に腰を落とす。子猫を両手で抱き上げると、より軽さが感じられた。
それからフォルカは、子猫を乗せた手のひらにすべての神経を集中させた。目を瞑り、歯の奥を食いしばる。みるみるうちに手のひらが熱くなると同時に、目を閉じていてもわかるぐらいのまばゆい光が子猫の体を包んでいく。やがて子猫の微弱だった鼓動は、力強く脈打ち始めた。
子猫の手がピクッと動いたのは、そのときだ。同時に「動いたぞ!」と隣にいた少年が声をあげると、フォルカを取り囲んでいた少年少女たちの歓声が一斉に沸いた。
「これできっともう大丈夫だ」
フォルカはあたりを窺うように小さな頭を動かしている子猫を少女に手渡した。
「すごいすごい! お兄さん、この子に何をしたの?」
子猫を胸に抱きながら、少女が好奇心に輝く目を向けてくる。
「僕は医学の勉強をしているんだ。これくらいのケガなら、すぐに治せるさ」
少女は「魔法みたい」と感心したように呟いたあと、「ありがとう」と目を細めた。
長居して目立つと面倒だ。フォルカは「あとは頼んだよ」と子猫の頭を撫で、少年少女たちの前から離れたのだった。
オメガのフェロモンはエネルギーとして変換し、うまくコントロールさえできれば対象者の傷を治すことができる――という能力については、オメガ以外の性別のあいだではあまり知られていない。
力を使えば自身の体力をかなり消費するし、コントロールがうまくできないと相手の細胞を腐らせてしまうこともある。よってその力を使おうとするオメガはあまりいないからだ。
けれどフォルカはこうやってたまに傷ついた動物相手に力を使っている。最初はアパートの隣人の飼っている小型犬が、庭に落ちていた釘を踏んでケガしたのを治すためだった。小さい動物相手ならこちらの体力も多く消費されないし、コントロールもうまく調整できるから、力を使うことに抵抗はなかった。
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