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広場から離れたあと、フォルカはディナーをテイクアウトするため馴染みの店へと足を運んだ。店名を『オメガ・リーベ』といい、パブやバーがいくつも並ぶ通りの一角にあるオメガ専用のカフェ兼パブだ。
一般的な飲み屋だと、急にヒートになってしまったオメガをアルファがトイレに連れ込んで乱暴する事件がたまに起こる。オメガが安心して飲食を楽しめるようにと始まったこの店は、フォルカのお気に入りでもあった。
とはいえ、もうすぐヒートの時期を迎える。さすがにそんな状態で、酒を外で飲む気にはなれなかった。
フォルカは弾力の強いスイングドアを押し開けて店内に入ると、立ち飲み用のカウンターに肘をついた。顔馴染みの若い女性店員に、「エビと玉ねぎのエッグサンドウィッチを一つ頼むよ」と注文する。
「今日は飲んでいかないの?」
「ああ。もうすぐヒートなんだ。今日は家でおとなしくした方がいいと思ってね」
店員もオメガのため、理解があるところも気が楽だ。「それがいいわ」と言うと、女性店員はポニーテールをなびかせ「ちょっと待っててね」と、厨房の中へと消えていった。
オメガ専用の店は、この地域に多くない。流行りの店内を見渡せば、オメガの客たちが安心した表情で飲食を楽しんでいた。みな望まない相手と番にならないよう、自衛用の首輪をつけている。
フォルカも常に首輪をつけて生活している。それをタートルネックのブラウスの下に隠しているのは、まだ抵抗があるからだ。王族としてのプライドがまだどこかに残っているからだろう。自分でもくだらない見栄だと思う。
が、王族としての小さなプライドがあるからこそ、ひねくれずにいられている気もする。
手持ち無沙汰だったので、フォルカは一杯だけ飲むことにした。シナモンを効かせた、店の名物でもあるアルコール度数の低いホットワインだ。
店のドアが勢いよく開いたのは、ホットワインを飲みながら注文ができるのを待っていたそのときだ。店内にドアを蹴破るような音が割れ、客の視線が店の出入口に集中する。
「ほォ~、ここが噂のオメガ専用のパブか」
店内に入ってきたのは、図体のでかいごろつきの中年男だった。ニキビ跡の残る頬と鼻の頭を赤くさせ、呂律も回っていない。落ちないよう手に何重にも巻き付けている木製の水筒には、酒が入っているらしい。男はヒックとしゃっくりを何度か繰り返したあと、手の水筒からゴクゴクと飲んだ。
典型的な酔っ払いだ。出入口から離れた場所にいるフォルカにまで、蒸留酒のスモーキー臭さと体臭の混じった臭いが漂ってくる。
男はアルファかベータか。酔った勢いのまま冷やかしで入店してきたようだ。
「よう姉ちゃん。やっぱりヒートのときにゃアソコが疼くのかぁ~?」
たまたま近くにいた女性客に近づき、男が酒臭い息をまき散らす。友人と一緒に店の奥へと逃げる女性客を、男は面白おかしく下品な笑い声とともに追いかけ回した。
もともとオメガはアルファやベータと体の作りが違うのだ。オメガの非力な力では、他の性別に敵うはずがない――店内にいるオメガ客たちは、全員がそのことをわかっているらしい。男を止めようとする者はいなかった。
誰も止めないと知ってか、男は誰彼構わず怯えるオメガの客たちに卑猥な言葉を浴びせ続けた。聞いているだけで、腹の底に鉛が溜まっていくみたいになる。不快だった。
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