2人が本棚に入れています
本棚に追加
僕は、桜並木が楽しみで、時々、様子を見に行った。すると、あることに気付いた。
まだ、桜の開花にはおそらく二~三週間はかかると思われる頃、二キロほどの桜並木の端の十メートルほどだけ、提灯が吊るされていたのだ。
それは、赤、黄、緑などのケバケバしい極彩色で、風情があるとは言い難い。あまりにも風景にそぐわないものだった。昼間でも違和感があるが、夜はさらに灯りが灯され、なんだか工事現場みたいな異様な雰囲気となった。
あれはいったい何のために吊るしているのか疑問に思い、そのことを桐野さんに尋ねてみた。
「ああ、あれね。桜が咲く頃にはなくなるから、気にしないで」
いつもはなんでも丁寧に教えてくれる桐野さんが、なぜか、その話をすると、目線を逸らせて素っ気なく答える。そして、さっさと話題を変えるのだ。
桐野さんでさえその調子なのだから、他の人に聞くのも無駄なのだろう。けれど、僕は、どうにもあのケバい提灯が気になって仕方がなかった。
それで、仕事が休みの日曜日の昼間に近くまでいって、しげしげと眺めてみたのだが、ただ、汚らしいだけの提灯で、そこに意味があるとは思えない。首を傾げて、しきりに何かないかと見ていると、不意に背後から声をかけられた。
「おい、そこで何しとる」
振り返ると、一人のおじいさんがいた。うっすらと笑っている。なんとなく見たことがある顔だったが、年寄りの顔なんて似たり寄ったりなので、どこの誰だったかはわからない。
「あ、この提灯、何か意味があるのかなと思って」
僕がそう言うと、おじいさんは薄ら笑いを浮かべたまま、コクコクと首を上下させた。
「意味が知りたいのか」
「ええ、まあ」
「じゃあ、夜に見に来ればええ。そうすればお前にもわかる」
「はあ、じゃあ、そうしてみます」
おじいさんは満足げに頷くと、よろよろと去って行った。
最初のコメントを投稿しよう!