贄(にえ)の桜

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「大里、これからみんなで夜桜見に行こうってなったんだけど、お前も来るか?」  帰り支度をしていた僕に、職場の先輩が声をかけてきた。(やっぱり来たか)と思ったが、できるだけ、明るい調子で答える。 「すいませ~ん、実は桜、ちょっと苦手なんですよねえ。昔、花見してて、上から毛虫が落ちてきたことがあって、それ以来、トラウマなんですよ」 「はは、なんだよそれ、情けねえヤツだなあ。ま、しょうがねえ、そんじゃ、おつかれ」 「はい、おつかれさまです…」  同僚たちが楽しげに夜桜へ向かう後ろ姿を見送りながら、胸をなで下ろした。  僕は桜が嫌いだ。いや、正確には桜が恐ろしい。できることなら近寄りたくはなかった。だから、この季節、花見に誘われると、毛虫を口実に断ることにしている。  でも本当の理由は他にある。けれどもそれは誰にも言ってはいけない話なのだ。
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