01.その余韻さえも

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01.その余韻さえも

「これで本当に私たち、最後なんだね」  テーブルの上のコーヒーを見つめたままの彼女。僕はうつむく彼女を見つめる。彼女の表情に浮かぶのは気だるげな憂鬱。 「最後、って言葉はあまり使いたくはないけどね」  僕の言葉に彼女もうなずく。僕たちのあいだに沈黙がやってきて、重苦しい空気が満ちる。風の音とカモメの鳴き声が沈黙を深める。  海を見渡せるカフェ。そのテラスの向こうに広がるのは穏やかな海。白いカモメが暖かな海風に乗って舞う。  僕はコーヒーの入った紙コップを口につける。いつもと同じように淹れたのに、ひどく苦く感じてしまうのは、これが二人で飲む最後のコーヒーだから。  僕たちが出会って一年ちょっと。こんな終わりが来るなんて、僕も彼女も想像すらしていなかった。 「こんなことになるんだったら、二人でもっといろんなところに行って、いろんな美味しいものを食べておけば良かったね」  彼女の言葉に僕はうなずく。でも、それは今さら叶わない願い。思い描いていたはずの輝かしい未来は灰色に染まる。 「最初にこのカフェに来たとき、オイスターサンドが美味しかったよね。本物の牡蠣とオイスターソースが入ったサンドイッチなんて、この店しかないから。もう一度、一緒に食べたかったけど……」 「この店にしかないサンドイッチだから、よくこの店に二人で来たね。牡蠣とパンが意外とマッチしてて好きだったんだけどな。でも、こうなってしまった以上、もうしょうがない」  僕と彼女が振り向いた先は誰もいない、抜け殻となったカフェ。薄暗い店内にコーヒーの香りが戻ることは、おそらくない。  僕たちが付き合いはじめた頃に来たカフェ。牡蠣サンドが名物で、いつも賑わう店内。人々はこのカフェで牡蠣サンドの旨さに驚き、今日の予定を語り合い、将来の夢も語り合った。僕たちのように。  でも、今や人々はどこかへと去り、語り合っていたはずの今日の予定も将来の夢も儚く消え去った。その余韻さえも残っていない。
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