02.もはや誰も戻ってはこない

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02.もはや誰も戻ってはこない

 僕は海を眺める彼女の横顔を眺め、彼女と過ごした日々を思い返す。海まで車を走らせながら、互いの好きな曲を教え合ったあの夏の日。イルミネーションに彩られた通りを歩きながら、クリスマスに欲しいものを語り合ったあの冬の日。  すべてはこのカフェから始まった。  でも、僕たちに二人で過ごす未来は来なかった。輝かしい未来を思い描いた、そんな思い出の残骸だけが頭の中に残されただけだ。もうすぐなにもかもが終わってしまうから。  だからこそ僕は今、こう叫びたい。  ねえ、僕は君と終わりなんて迎えたくないんだ。  けれど、今ここで僕がそう叫んだところで、何かが変わるわけではない。運命は時に残酷で、人の力ではどうにもできないことが起こってしまうものなのだから。  僕たちは沈黙したまま海を眺める。空も海も残酷なほどに青い。  僕はもう一度、カフェの方に振り返る。あの日と同じように人々が語り合い、笑い合いながら牡蠣サンドを口に運んだ光景が戻っていることを願って。すべては悪い夢だったと思うことができるようにと願って。  でもやっぱり、カフェには僕たちの他に誰もいない。  お客はもちろん、店員さえも。店はとっくに放棄されていた。もはや誰も戻ってはこない。ドアにも窓にも板が打ち付けられている。嵐に備えようとしているみたいに。でも、そんなことをして、いったい何を守ろうとしているのだろう。  それでも僕たちは閉鎖されたカフェのテラスに忍び込んだ。今さら忍び込んだところで咎める者は誰もいない。こうなってしまった今、不法侵入の意味なんてどこにある?  思い出の場所で二人の最後の時間を過ごすことの方が、今の僕たちにとってははるかに大事なことなのだから。
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