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03.数えきれないほどの
「ねえ、どうしてこんなことになってしまったんだろうね……」
彼女がつぶやくように言った。
「世の中にはどうにもならないことがあるんだよ」
「そうかもしれないけど、それにしたって……」
彼女は顔をしかめる。苦痛に耐えきれない人みたいに。
ふたたび二人のあいだに沈黙がやってくる。あの事実が判明して、何度も同じ話をした。
どうしてこんなことになったの? 僕たちにはどうすることもできなんだよ。でも、それじゃあまりに残酷じゃない……。
そんなやりとりを何度も交わした。それでも、結論は変わらなかった。だからこそ、彼女への思いは募る。
僕だってこれから先もずっと君といたい。彼女と出会ってから僕が望んでいたのはそれだけ。今だって、僕が望むのはそれだけ。
「こんな思いをするくらいなら、私たち最初から出会わなければよかったのにね……。ううん、こんな時代に生まれて来なければよかったのに……」
これまで彼女が何度も口にした言葉を、彼女がふたたび口にする。そんな絶望的な思いは、海風に乗ってどこかに飛んでいき、消えてしまえばいいのに。僕にはそう願うことしかできない。
海の向こうには水平線がまっすぐに広がる。青い空と青い海を隔てる一本の線。そんな水平線が容赦なく知らしめる。僕たちは地球の上に貼りつくことしかできないちっぽけな存在に過ぎないのだと。
「大いなる宇宙が生み出した偶然を呪うしかないさ」
水平線を眺めながら、僕はつぶやく。
「偶然?」
「うん。だって、そもそも地球が生まれ、太陽の周囲をまわりはじめて、そして人類が生まれて文明を作ったなんてことに理由はない。それは大いなる宇宙の偶然としか言いようがない。それに翻弄されるだけの存在なんだよ、僕たちは。けっきょくのところね」
黙り込んだ彼女は海を見つめる。僕も海を見つめる。
青い空に銀色に輝く太陽が浮かぶ。深い青をたたえた海には、数えきれないほどの穏やかな波が揺れている。そして揺れる波は、数えきれないほどの細かな銀色の光を数えきれないほどに反射する。
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